大相撲とワールドカップを交互に観ていて、気付いたことがある。春日野部屋所属の元大関・栃ノ心(とちのしん)と、ベルギー代表選手のエデン・アザール(Eden Hazard)が、よく似ている。といっても体格には、かなりの差があって、アザールが思い切り太った結果、栃ノ心になったように見える。
以下の画像はWikipediaより転載。
大相撲とワールドカップを交互に観ていて、気付いたことがある。春日野部屋所属の元大関・栃ノ心(とちのしん)と、ベルギー代表選手のエデン・アザール(Eden Hazard)が、よく似ている。といっても体格には、かなりの差があって、アザールが思い切り太った結果、栃ノ心になったように見える。
以下の画像はWikipediaより転載。
母のリクエストにより、電子血圧計を買いに行った。土曜日の朝に使いたい、と言うので、ネット通販でも間に合わないタイミング。実店舗で調達するしかない、という訳で、実家から最も近いY電機さんを襲う。最近の電機屋には、ちゃんと「健康家電」というコーナーが設けてあり、そこにいろいろなタイプの血圧計が陳列されていた。事前にネットでチェックしていた血圧計の価格よりも高価なものばかりである。
ウイルス感染症が流行しだしてからは、ほとんど利用していなかったバスに乗って、隣町の大きなショッピングセンタまで行く。ここに「関西資本の」を売り言葉にしているJ電機さんの店がある。店内は薄暗く、あまり客が入っていない。ここの品揃えも高価なものばかりだ。
再びバスに乗り、来るときに通り過ぎたエXxXXさんに行く。3店目にしてやっと、こちらの希望する価格帯の血圧計に巡り合った。シチズンブランドの電子血圧計(手首で計測するタイプ)、2,580円。実はネットで調べた最安値よりも、さらに安かったのである。エXxXXの専用アプリを持っていたら、なんとさらに500円引くというのだが、あっさり断わった。その手には乗らぬ。と言っておきながら、店員の差し出す「hulu一ヶ月トライアル特別ご招待券」は受け取ってしまった。ワールドカップ三昧が終息したら試してみよう。自室に帰り、血圧計を自分の手首で試してみたら、上が119・下が78で、30歳代男性の平均値にぴったりだった。
11月23日は実家を訪ねる日だった。毎週、独り暮らしの母の様子を見に行って、お茶を飲んで、食事をして、風呂を沸かして、泊まって帰る。実家にはTVがあるので、ここでもスポーツ観戦である。衛星放送と地上波を乗り継いで、大相撲の九州場所を幕下の取り組みから結びまで観る。その後は、もちろんワールドカップである。カタール大会の第9試合(Match 9)である、グループFのモロッコ対クロアチア戦と、第10試合(Match 10)のドイツ対日本戦を観た。
「東欧のブラジル」と呼ばれ、ワールドカップでも頻繁にベスト8入りをしているクロアチアは、北アフリカのモロッコ相手に苦戦。
ドイツは格下の日本を、余裕のボール回しで翻弄。ボール保持率はドイツ:65%・日本:24%、ドイツは20本以上のシュートを日本のゴールに向かって浴びせた。この試合は日本では午後10時にキックオフされ、日付が変わる直前に終了した。試合の結果は大きなニュースになるはずだったが、翌日の朝刊(毎日新聞)には間に合っていなかった。この特ダネを落とすの? 記事の締め切りが早過ぎん?
クァタール大会グループリーグのC組・アルゼンチン対サウジアラビア戦の中継放送の視聴数が、ABEMA.TVの過去最高を記録したそうだ。その放送を視聴した者として、まさに歴史的一戦だった(内容は書かない)と言うことができる。
大会の開催前に、個人的に気分の盛り上がりを欠いたのは、観戦の手段がなかったこと以外に、日本代表チームに対する関心度が低かったのが理由である。海外のフットボールリーグで働いている選手を主体に構成されているため「顔馴染み」では、なかったのである。例えばイングランド代表を見れば、チームのメンバーは、ほぼ全員が英国リーグで活躍している選手なのである。つまり、日本の国内リーグはレヴェルが低く、海外に出稼ぎに行っている選手で代表チームを作らざるを得ないということだろう。
ここ二日間で、グループA、B、C、Dの計5試合を観戦した。PCの画面を少しでも広く使うために、ドックの位置を下から左に変更した。ネットの回線速度や混雑状況によって、映像がスムーズに流れないことがあるのが、タマに瑕である。
11月23日午後10時(日本時間)、グループE・ドイツ対日本戦が始まる。日本代表よ、サウジアラビアに続け。
11月20日からワールドカップ2022年クァタール大会が始まった。TVがないので、観戦はYouTubeでハイライト動画だけかと諦めていたのだが、ABEMA.TVが全試合フルで無料配信する!と聞いたのでトライした。
まずはPCで。Webブラウザで、https://abema.tv にアクセスして、番組を選択して視聴する。そのはずが、できない。ブラウザのウィンドウが真っ暗になったままである。OS(macOS 10.15.7)がABEMA.TVに対応しているのは間違いないが、ブラウザ(Safari 14.0)が怪しい。
PCでSafariを検証する時間を惜しんで、携帯端末での視聴に切り替えた。App Storeから専用アプリをダウンロードしたら、簡単に番組の視聴ができるようになったので、さっそくグループBのイラン対イングランド戦を観始めた。ただ、画面の小さいのが何点である、50点である、いや難点である。
アディショナルタイムなんと14分!の前半戦が終わったところで、PCに戻る。Safariは置いといて、Google Chromeをインストールした。初めて体験するUIであるが、URLを入力するぐらいは猿でもできそうであるが……できた。ABEMA.TVのサイトにアクセスして、試合の中継画像も表示できた。しかし「全画面表示」にすると、表示される画面に色の乱れが生じたので「ブラウザ表示」に戻す。精一杯ウィンドウを広げて観る。
個人的には、イングランドを毎回優勝候補に挙げているのだが、56年間(14大会)優勝していない。今回はどうか。
それにしても、ワールドカップを観戦できるようにしていただいて、Cyber Agent様には大感謝である。
大リーグや大相撲(Major Wrestling??)が国民的娯楽であるとしても、自分の中では最高の楽しみは、観るのもプレイするのもフットボールである。日本では、わざわざ「サッカー」と言い換えているけれども、蹴球(しゅうきゅう)のことである。中華人民共和国においては「足球」と呼ばれ、よりフットボールに近い表記になっている。
高校では「蹴球部」に所属していた。中学校でもサッカー部だった。フットボールを始めたのは小学校の高学年で、東京オリンピック(1964年)で日本代表がベスト8(14チーム参加)に終わり、メキシコ大会に向けて強化を始めていた頃である。
全国高等学校サッカー選手権大会は、大阪が発祥地だったこともあり、決勝試合を長居競技場で行なっていた。大会の存在が「メジャー」になって、在京のキーTV局が開催地ごと放映権を奪取、「高校野球の甲子園」に並らぶ「高校サッカーの長居」は、定着しなかった。
我われの蹴球部も、長居を目指したのである。団体競技として体育会系のクラブ活動をするからには、選手権を獲るのが最高の目標である。高校サッカーならば、全国高等学校サッカー選手権大会以外にも、全国高等学校総合体育大会(インタハイ)・国民体育大会(国体)でトップになる機会がある。残念ながら、トップにはなれなかった。同じ地区で我われを常に抑さえ続けていたのが、山野兄弟を擁する北陽高校(現・関西大学北陽高等学校)で、我がチームを負かした後、勝ち上がって全国優勝を果たしたのである(第52回大会・1974年1月8日決勝)。
全国高校サッカー選手権大会は、今年で101回を数える(決勝戦は2023年1月9日開催)。2022年11月12日、大阪地区予選の決勝戦が行なわれ、履正社高校が2-1で興國高校に勝った。関西大学北陽高校は、ベスト8に残った。
子どもの頃、飛行機が大好きだった。幼稚園の卒園アルバムには「将来の夢:ゼットパイロット」と記されている。ジェットと違うのか? 親が買ってくれた「AIRCRAFT」という英語版の飛行機のカタログを、飽きもせずに眺めていた。中学生の頃は、近くの飛行場に飛来する飛行機の種類を、授業中の教室の窓からチェックしていた。しかし、飛行機乗りにはならず、今は単なるポンコツ航空ファン(飛行機がポンコツではなく自分が)である。航空ショウにも行ったことはない。
アメリカ・テキサスでは、11月12日に開催された航空ショウで、B-17にP-63が衝突する事故があった。事故の調査にあたっているNTSB(国家運輸安全委員会)の呼びかけで集まった、航空ショウの観覧者が撮影した動画をYouTubeで観ることができた。左後方からB-17の翼の下をくぐり抜けようとしたP-63が、B-17の右側の翼の付け根に衝突し、両機とも一瞬で大破。低空飛行だったため、直後に地面に墜落、爆発炎上した様子が、いろいろな角度からの映像で記録されている。両機合わせて6名の乗員全員が死亡。悲惨で不幸な、としか言いようがない。
ちなみに、B-17は第二次世界大戦時「空飛ぶ要塞(Flying Fortress)」と呼ばれた、エンジン四発の爆撃機(BはBomberを表わす)で、同様にP-63は一人乗り単発の戦闘機(PはPursuit Airplane=追撃機を表わす)である。ブラックボックスは搭載されていない。
マキタの掃除機(本体のみ)を買った。14.4Vの充電池で動く機種である。何故マキタか? 何故本体のみか? マキタでも他に10.8Vや18Vのタイプがある中から何故14.4Vのものを選んだのか。その理由は簡単、以前に買った電動ドリルが14.4Vで動くマキタ製だったからだ。
14.4Vなら同じ充電池が使えるもの、と思い込んでいたのが間違いだった。ドリルに使っていた充電池と掃除機に使うものとは、互換性がなかったのである。そんなアホな。いや、しっかり確認しなかった自分がアホなのだが、新たに充電池と、その電池に対応している充電器を買い足すはめに陥ってしまった。これが結構な値段のするモノたちなので、互換機で間に合わせることにした。ネット上での評判は好悪が両立しているが……Amazon限定ブランドと銘打たれた充電池と、互換充電器をセットで購入した。
配送を担当するのが、どの業者さんになるのかが分からないので、納品方法を「置き配」(日本郵便が対応していない)から「コンビニ受け取り」に変更して、最寄りのLAWSONに送ってもらうことにした。非接触受領はできないが、自分の都合のいい時に取りに行けばいい。
受け取った充電池と充電器は、今のところ問題なく働いてくれている。二つ合わせて5,000円弱、これらを純正品で揃えると……5倍以上の値段になる。この差には勝てない。
昔、ある印刷会社でペケ(×:不良製品のこと)対策が話し合われた。ペケの多くは人為的ミスによって起きる。工務の担当者から提出された対策案(目標)は「ミスを現状の50%に減らす」だった。なんでやねん! 会議に参加していた俺(当時は営業部員)は激怒した。アキレスでさえ亀に追いつけないというのに、目標が最初から50%なんて、話にならん。
以前、菅総理大臣から唐突に聞かされた「カーボンニュートラル」という言葉も怪しい。「カーボンゼロ(二酸化炭素を出さない)」ではないのである。誰かが100リットルの二酸化炭素を排出しても、別の誰かが二酸化炭素の排出を100リットル抑さえればオッケーという考え方、すなわち減らすのではなく、プラスマイナスゼロでよしとするのがカーボンニュートラルである。
トヨタが新型のプリウスを発表した。新型とはいえ、電気で走るのではなく、いまだにハイブリッド(hybrid)である。トヨタは「全方位外交」戦略をとっていて、ガソリン車・ハイブリッド車・EV(蓄電池でモーターを動かす自動車)・FCV(水素などを使用する燃料電池でモーターを駆動する)を作っている。ガソリンとハイブリッドから撤退しない限り、カーボンゼロは実現しない。
大相撲の九州場所が始まった。拙宅にはTVがないので、NHKのウェブの「大相撲取組動画」というので、その名の通り取り組みの部分だけ(つまり、立ち合いの瞬間から勝負が決するまで)を、まとめて観ている。すると結びまでの視聴は、あっという間に終わる。実際の取り組みに、いかに長い時間がかかっているか、ということが判る。
昔は炬燵に入って、みかんを食べながら、のんびりとTVを観ていたものである。やはり相撲を観るのが好きな母は台所仕事をしながら、アナウンサーが「時間いっぱいです」と言うのを聴くと、大急ぎでTVの前に駆けつけるのであった。
という訳で、大相撲は現場においても、飲食や雑談などをしながら試合観戦もできる娯楽なのである。他方、海の向こうには大リーグというスポーツがあって、これもまた投手と打者の「取り組み」が延々と続き、全体的に、ゆっくりとしたペースで試合が進むので、客は他のことをしながらでも観戦ができるのである。その特質が、大リーグがNational Pastime(国民的娯楽)と呼ばれ、人気がある所以であって、同様の特質を持つ大相撲こそ、日本のNational Pastimeであると言える。
ハロウィンから二週間経って、コロナウイルス感染者数の棒グラフが急激に伸びた。第7波の流行が収まらないうちに、次の波が来たようだ。政府の新型コロナウイルス対策分科会(尾身会長)は、第8波が来ても一番の対策は「ワクチン」であると発言したようだが、それは二次的な「重症化対策」であって、ワクチンを接種していても感染はするのだから、一次的「感染対策」としてのマスクの着用は、なお求められて当然だろう。
それはともかく。脚本家で映画監督、大阪芸術大学の教授も務めた大森一樹さんが、白血病のため亡くなった。70歳の死は現代人としては早い。
大森さんとは三度会って、対話している。初回は自分が大学生の頃、彼が自主製作した16ミリ映画『暗くなるまで待てない!』を借りて上映するため、お願いと挨拶を兼ねて、芦屋のご自宅を訪ねたのである。大森さんと私と私の友人の会話は和やかに進んだ。応接間のソファに座った大森さんの靴下に大きな穴があいていたのを、今でも思い出す。
『暗くなるまで待てない!』は、神戸の御影公会堂で上映された。萩原健一・桃井かおり主演の『青春の蹉跌』との二本立てだった。私が上映前の場内アナウンスをプロのものまねで演るのを聴いて面白がってくれたのが、当日ゲストとして来てくれていた大森さんだった。
それから何十年も経って、宝塚の小劇場(たぶんシネ・ピピア)で開かれた大森作品のマラソン上映会に行って、偶然お会いした。「おう、あの時の……」と互いに昔を懐かしんだのが、最後となった。
大森一樹さん、どうぞ安らかに。
*「死ぬにはまにあわない!」は大森監督・長編8ミリ映画(1974年)のタイトル
最近めっきり、本や雑誌を買う機会が減った。そもCOVID-19のせいで、本屋に足を踏み入れて立ち読みをすることが、なくなった。そんな中、Twitterに流れてきた広告を見て、書店に買いに走った雑誌がある。月刊『カーサ ブルータス』2022年12月号である。今号の特集は「ジブリパーク」。宮﨑駿の息子でランド・アーキテクチャでもある吾朗の設計・監修で、名古屋博覧会の跡地に建設されている「公園」である。自分よりも、むしろ「となりのトトロ」の大ファンである母の方が大いに興味を持つであろうイシューである。
自分は、スタジオ・ジブリにもアニメーション映画にも、あまり関心はない。それにもかかわらず『紅の豚』だけは気に入っているというのは、何としたことだろう。たぶん、飛行機が好きなのと「韜晦」する主人公に共感を覚えるからだろう。
雑誌を読んで(内容が濃い!)にわかに感化され、YouTubeでジブリ関連の動画を検索した。各作品の主題歌をメドリで流しているものがあった。非常に心惹かれる一曲があったのだが、曲名を特定するために、他のクリップを片端からチェックすることになってしまった。
その曲の名は『君をのせて』。スタジオ・ジブリの第一回作品『天空の城ラピュタ』の主題歌で、宮﨑駿作詞・久石譲作曲である。自分が気に入っただけでなく、ジブリファンによる人気コンテストでは、ぶっちぎりの第一位だそうである。
ちなみに、久石譲(ひさいし・じょう)は芸名で、彼が尊敬する音楽家のQuincy Jonesを、もじっている。すなわちクインシーを久石(くいし)、ジョーンズを譲に置き換えたものである。
国葬なんてくそくらえだ。なんであいつがスーパースターのように扱われるんだ? そう言ったのは特捜部Qのカール・マーク(『アサドの祈り』より)。
個人的な好のみにより、常に新作を期待している作家と、そうでもない作家がある。前者はABC順にアーチャー、チャイルド、クレイヴン、マッキンティ、ネスボ(ハリー・ホーレのシリーズ)、ランキン、シルヴァです。書店で新刊を見つけたら、中を見ないでレジ直行です(チャイルドはビニ本になったので、そも見られない)。残念ながらスローターは前者から脱落、エズラ=オールスンその他は後者です。
『アサドの祈り』(原題:Offer 2117/吉田奈保子訳/早川書房)によると、デンマークには「引きこもり」は、ないようです。それが本当なら厚生労働省の担当者は彼の地に行ってみるべし。
カール・マークとよく似たタイプのリーバス警部のシリーズは『寝た犬を起こすな』(原題:Saints of the Shadow Bible/延原泰子訳/早川書房)が出た後、翻訳刊行がストップして甚だ残念。
『ポリス・アット・ザ・ステーション』(武藤陽生訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)と並らんで今年度ベストを争う『キュレーターの殺人』(原題:The Curator/東野さやか訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)には、リーバスへのオマージュと思われる台詞が現われて、にやりとさせられます。
がんばれ、翻訳ミステリ。
(武田伴兵衛・翻訳ミステリ応援団65歳プラス1)
My Foolish Heartというジャズのスタンダード曲がある。「愚かなり我が心」という、いい邦題がついている。今なら、さしずめマイ・フーリッシュ・ハートとカタカナ化するだけだろう。
宅配便の受け取りを「置き配」一本に、しぼっている。在宅であろうが留守であろうが、これで受け取れる。「非接触受領」「再配達防止」ができて、配送業者と顧客の両者にとってメリットがある。拙宅では玄関脇にバッグを吊るし、置き配だけでなく「入れ配」もできるようにしている。配送各社が、これを利用してくれるようになった。ただ一社を除いて。
Amazonで買い物をした。納品方法は「置き配」をデフォルトに設定してある。その配送を日本郵便が請け負って、納品にやって来たのだが、「置き配」をせずに帰ってしまった。吊るしてあったバッグを宅配ボックスと見なし、ボックスを利用するには郵便局への申請が必要、しかも施錠できることが条件というメモと申請書類および今回の不在配達票を残して。
送り主と受取人が「置き配」を指定しているのだから、置いていってくれるだけでいいのに。他の業者さんすべてが「置き配」に対応してくれているので、日本郵便だけ特別扱いする気になれないし、宅配ボックスの申請書類は見取り図を書き起こす必要があって煩わしいので、無視することにした。愚かなり、日本郵便。無駄を覚悟で何度でも配達しに来るがいい。
『本の雑誌』には「三角窓口」以外にも投稿できる「読者アンケート」というコーナーがある。アンケートに回答して誌面に採用されると謝礼がもらえる。昔は掲載誌と図書券がもらえた。最近のお題「あなたの好きな創業者物語は?」に答えて送った原稿はボツになったのだが……このブログで復活。私の好きな創業者物語は、以下の本です。
『シンプリー・パーム 理想のPDAを目指して』原題:Piloting Palm/アンドレア・バター、デビッド・ポーグ著/小林淳子訳/伊藤正宏(パーム航空・機長)監修/ソフトバンククリエイティブ
技術的には優れているのにマーケットの事情によって消えていかざるを得なかったモノたちがあります。ベータマックス(by SONY)然り、PHS(Personal Handy-phone System)もまた然りです。二十一世紀に入ってすぐの頃、私は二つ折りにしたPHS機をズボンのポケットに入れたまま、左手に持ったPDA(Personal Digital Assistant)でメイルチェックやウェブの閲覧をしていました(この時、PDAとPHSはBluetoothによって無線接続されている)。PHSをデータ通信用のプラン(実は音声通話もできる)で契約していたので、通信費は月額九百八十円ぽっきりでした。
『シンプリー・パーム』はPalm(たなごころ)と名付けられたPDA(およびその基本ソフトウェア)を開発したジェフ・ホーキンスと仲間たちの波乱万丈の創業物語です。禅に影響を受けたホーキンスの設計思想は「PC的でないものを作る」であり、それは、ポケットに入ること・素早い起動・簡単な操作・高コスパ・長寿命電池・PCとの簡単連携、という製品コンセプトに反映されました。Palmは熱狂的に受け入れられて、IBM社にOEM供給されたり、SONYが互換機を作ったりして日本国内でも一大ブームを形成したのですが、スマートフォン(PDAと同等のサイズで、電話とカメラ機能の付いた超小型コンピュータ)の登場によって絶滅してしまったのは、読者の皆さんもよく知るところでしょう。
大阪大学の経済学の教授が「私たちが銀行に預金するのは、現金がいつ必要になるかわからないけれど、金利も欲しいからだ」と書いていた。えっ、そうなんか。もの心つく前から、お金は親か銀行に預けるものと思い、利息を意識したことはない。いまだに意識が薄いのは、そも利子を生むほどの金を貯蓄していないからである(爆)
けれども今、銀行に預金をするのは、自分の金を安全に保管しておいてくれると思うからである。実のところ、本日の財布の中身は数百円で、即ち紙幣が一枚も入っていない。日々の買い物はクレジットカードやポイントカードで済ませるか、インタネット通販(これもクレジットカード決済で、ポイントが付加される)を利用する。低金利の時代にあって、期待されるのは口座利息ではなく、ポイントなのではないか。
腕試しのつもりで、商業誌の読者投稿欄に毎月投稿している。『本の雑誌』の「三角窓口」というコーナーが、それである。打率は三割ぐらい。ときどき採用されるので、不定期連載などと嘯いている。
2022年12月号に拙稿が採用された。ロバート・A・ハインラインの新刊(といっても第二次大戦のころに書かれたもので、いまになって翻訳されたもの)を買ったことを書き、その本の解説のことについても書いた。
解説者の名は高橋良平。ハインラインの『夏への扉』(ハヤカワ文庫SF)の解説も書いている。SFが専門なので、詳しく説明してくれているのが、非常にありがたい。高橋氏は『本の雑誌』に「日本SF戦後出版史」という文を長らく連載していて、こちらも大いなる興味を持って読み続けていたのである。その連載はすでに終了したので、いずれ本の雑誌社が単行本にまとめて、刊行してくれるものと思っていたのだが……その気配が感じられないのである。たぶん、いや絶対にまとめの作業をしていると思うのだが、著者が大幅に手直しをしている可能性もある。そこのところに探りを入れてみたくて、拙稿の末尾を「日本SF戦後出版史は、もうそろそろか!?」と結んだ。
ご返還、ぢゃなかった誤変換です。
かいきげっしょく、とフルで打ってから変換すれば「皆既月食」と出ます。
星を観るのが好きな母から「月食が始まったよ、観てるか〜」とEメイルが来た。南向きのベランダに出たが、見えない。ウェブで調べてみると、月は真東の空に、あるようだ。身支度をして、外に出る。アパートの階段の踊り場からなら見える位置だった。しばらく眺めていたが、寒くなってきたので帰室。月食の途中からと天皇制、そのテンノーセーぢゃなくて天王星食のライブ映像をYouTubeで観覧した。
遠くて見えないが、月面にはアメリカの旗が立っているはずである。2020年には中国旗が加わった。中国はロシアと共同で月面基地を建設する計画をしているそうだ。アメリカに先んじて、中ロが月を食う?
一か月の間無料で映画を観まくる、というセコい計画は一日にして破綻した。無料視聴からは除外される作品(地雷のようにあちらこちらに埋め込まれている)とは知らず、最初に『トップガン/マヴェリック』を観てしまったからである。しかしながら、観たかった作品を自室で安価で観ることができた。007シリーズの最新作も観たし、若い頃のケイト・ウィンスレットも観られたし。
▼何十本かを観て、心に残った作品は、わずかである。
◎インターステラー(原題:Interstellar)監督:クリストファー・ノーラン
(現代の)科学的にはあり得ない話を、莫大な費用をかけて(ハリウッドならでは)大真面目に映像化した作品。2015年の第87回アカデミー賞・視覚効果賞を受けた。
◎ザ・コンサルタント(原題:The Accountant)監督:ギャヴィン・オコナー
公開当時の宣伝コピーでは「職業、会計コンサルタント。本業、腕利きの殺し屋。」となっているのだが、額面通りに捉えると裏切られる。ネタバレになるので、詳しくは書かないでおく。
◎アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事!(原題:The Other Guys)監督:アダム・マッケイ
そんなアホな!というホン(脚本)だが、いっそのこと、それが楽しいと思えた作品。邦題は、全くセンスなし。
×記憶にございません! 監督:三谷幸喜
逆に、面白なさが印象に残った作品。観続けるのに耐えられず、導入部だけで視聴終了。金返せ。いや、無料で観たけど。
君、または君の仲間が捕らえられ、あるいは殺されても、当局は一切関知しないから、そのつもりで。なお、このテープは自動的に消滅する……(ジュン、ジュワ〜)これは懐かしきテレビドラマ『スパイ大作戦』でお馴染みとなった台詞である。ジュンジュワーはネプチューンの堀内健のギャグだが、ここで指令の録音テープから白煙が吹き出すのである。
人気のあった『スパイ大作戦』を映画化したのがMission: Impossible[M: I]シリーズで、トム・クルーズが主演している。舞台を現代に置き換えたので、オープンリールのテープによる指令の伝達方法も、新しいメディアによるものに変化した。これにより、テレビの『スパイ大作戦』の雰囲気は失なわれたのだが。『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』(原題:Mission: Impossible - Fallout)ではオープンリールが復活し、導入部のタイトルもテレビ版オリジナルを彷彿させるデザインになっているのである。
Falloutとは、核爆発が起こった後に降る「死の灰」を意味するのだが、カタカナの邦題では、それが全く伝えられていないのが残念。
『フォールアウト』に、アンジェラ・バセットという俳優がCIAの長官役で出演しているのだが、えっシークレットサービスの長官ぢゃなかった?と思ったのは、つい数日前に観た『エンド・オブ・キングダム』の中では、その役だったからである。
地元のチームを応援するのが、Jリーグの基本理念である。という訳で、ガンバ大阪というチームを応援している。ただし、地元であることに間違いはないが「大阪」という範囲が、広すぎる。本当は「吹田フットボールクラブ」で、愛称が「ガンバ」であるべきだ。
そも日本には「プロ野球」が蔓延っていて、Jリーグも発足当時はチーム名に企業の名を冠したものが大勢を占めた。ガンバにも最初はパナソニックの名が付いていたのである。これに対してリーグのチェアマンだった川淵三郎が異を唱え、徐々にチーム名から企業名が外されるようになっていったのである。
現在の株式会社ガンバ大阪は、パナソニックスポーツ株式会社が全株式の70%を持つ子会社で、残りの30%を関西電力・大阪ガス・JR西日本が三等分で保有している。このため、クラブ(=株式会社ガンバ大阪)の社長はパナソニックから天下りしてくるのが通例となっている。一流企業からやって来る人たちなので、プライドは高いが、フットボール文化には馴染んでいない人の場合が多い。
ガンバ大阪がビッグクラブだと言われているが、資本金ではリーグ最小だし、チームが弱いほど収入も少なくなる道理で、最近は縮む一方だと思われる。ただ、サポータに対して「態度がでかい」という意味では確かにビッグなクラブではある。
2022年J1部のリーグ戦34試合を終えて、ガンバ大阪は15位となった。最終試合の相手は鹿島、勝って勝ち点3を加算すれば文句なく1部に残留できるのに、点が獲れない。それならば、相手に点を獲られないように守って時間稼ぎをして、無得点の引き分けに持ち込んで、他のチームが負けることに賭けようとする。その結果、辛くも残留できたのだが、それを喜んで、なんとする。これほど情けないことが、あるでしょうか。少なくとも、サポータとしては恥ずかしいのである。
普段、翻訳ミステリばかりを読んでいるので、国内作家の本を買うと、値段の安いことに驚く。つまり前者には翻訳権料や翻訳家に支払うお金が余分にかかっているということである。
それはともかく。自分の存在というものに疑問を抱き続けて何十年、ハイデガーの『存在と時間』を読めば少しでも慰めが見つかるかと思っていたのだが、難解で取りつく島がない。ある時、筒井康隆の「誰にもわかる」という『存在と時間』の解説本を読んだが、あまりピンとこなかった。
それよりも、解説者(筒井ではない、別の人)が、ウンベルト・エーコを引き合いに出して、あろうことか『薔薇の名前』のネタばらしを書いていることに激しい怒りを覚えた。『薔薇の名前』も翻訳ミステリなのだが、死ぬまでには読もうと思っていた作品だけに、犯人の素性と犯行の手口を、これほどハッキリと書かれてしまっては、もう読む楽しみはないのである。
そんな訳で、読んでから観ようと思っていた映画版『薔薇の名前』をU-NEXTで観ることにした。主演はショーン・コネリーと若きクリスチャン・スレイターである。映画が始まって間もなく、犯人が分かる。もちろん私にだけということだが、興は削がれた。あとは、中世の宗教世界がいかに映像化されたのか(プロダクション・デザイナーの腕の見せ所)を観賞するだけである。
「heist」という語を辞書(研究社新英和中辞典第2版)で引いたら、いや引こうとしたが、見出しそのものが、なかった。新しい言葉なのだろうか。手近にあったデイリーコンサイスにも、なかった。本棚の奥からリーダーズの初版を引っぱり出してきて、やっと見つけた。
heistとは「強盗」である。紙の辞書を引かずともウェブで調べれば、簡単に分かるのに。
またまたU-NEXTで『ペントハウス』という映画を観た。情けないのは、以前に観たことがあるのを途中で思い出したことだ。
文字通り、あるアパートのペントハウスが舞台となる話。アパートといっても、日本では「タワーマンション」と呼ぶような大きなビルヂングで、原題も「Tower Heist」というのであった。つまり……「タワマン強盗」ですな。
エンドロールの謝辞にドナルド・トランプの名があって、Wikipediaで調べてみると、映画の初期企画段階でトランプ氏(まだ大統領になっていない)の協力があったようである。
映画を観る楽しみの一つは、プロダクション・デザイン(芝居の場合の舞台美術にあたる)を観ることであって、本作の場合は、ペントハウスに飾られた数々の芸術品に、デザイナー(Production Designer)の仕事の成果がある。ここを観るだけでも楽しい。
GAFA(ガーファ)とは、Google・Amazon・Facebook・Appleの頭文字を、つなげたのだったね。
運営会社の名前が変わったので(Google→アルファベット、Facebook→メタ)AAMA(アーマ)とするか、MAAA(マー!)としても、ええんぢゃない。
それはともかく。『エージェント:ライアン』にケヴィン・コスナー(一部ではコストナーという表記もあり)が出ていた。1990年代には人気絶頂で、『ダンス・ウィズ・ウルヴズ』は製作と監督も務め、アカデミー賞(作品賞・監督賞)を受賞したコスナーも、年齢を重ね(今年67歳)、それ相応の役どころを演じている。
やはりU-NEXTで観た『メッセージ・イン・ア・ボトル』(壜の中の手紙)では主演を務めていた。総入れ歯(そういえば)、ポール・ニューマンがケヴィン・コスナーが演じる男の父親役で共演していたのだった。この人が、もうこの世にいないとは信じがたい。
ところで『メッセージ・イン・ア・ボトル』だけれど、想定外の結末だった。
11月に入った。
ウェブログはインスタグラムとは違う、と割り切ることができて、投稿数がアップした。
つまり、写真を添付せなあかんという強迫観念を抑え込むことができたということです。
加えて、U-NEXTで観る映画をネタにできるということもある。
いや、ネタばれは極力せんように。
『エージェント:ライアン』(原題:Jack Ryan: Shadow Recruit)を観た。
ジャック・ライアンとはアメリカの作家トム・クランシー(故人)が創出したキャラクターで、アメリカ海兵隊を除隊後、CIAの情報分析官を務め、大統領にまで出世する男のことである。
クランシーのライアンシリーズ作品は、数次映画化されていて、主役の俳優がアレック・ボールドウィン(『レッド・オクトーバーを追え!』)→ハリソン・フォード(『パトリオット・ゲーム』『今そこにある危機』)→ベン・アフレック(『トータル・フィアーズ』)と変遷している。007と同様に、最初期の配役の印象が最も強い。
『エージェント:ライアン』では、クリス・パインが主演する。テレビ出身の俳優で、映画では『スター・トレック』のカーク船長役で有名になった。
今作の映画でジャック・ライアンは「リブート」される。つまり、クランシーの小説と、その映画化作品の流れを無視して構築された、新しい話である。バットマンシリーズで行なわれているのと同じこと。
ケヴィン・コスナーが共演している。ライアン役はクリス・パインより、やっぱりボールドウィンがいいなあ。
(承前)ベン・アフレックは『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(1997)でアカデミー賞の脚本賞、製作・監督を担当した『アルゴ』(2012)で作品賞を獲得。ケイシー・アフレックは『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(2016)で主演男優賞を獲った。
『マンチェスター…』という作品については、同じ地名から、てっきりイギリスが舞台であると思いこんでいたが、さにあらず。
ボストンから車で1時間半の距離であることを役者の台詞から知る。
もっとよく調べれば、ボストンという地名もイギリスにはあることが、わかったのだが……やはりアメリカが舞台の作品だった。
そもそも、マンチェスター・バイ・ザ・シーというのが一つの地名だった。
作品自体は、いわゆるホームドラマである。
いつものU-NEXTで観始めたのだが、耐えられず、途中で挫折した。
総入れ歯(そういえば)『鉄道員(ぽっぽや)』でさえ耐えられず、視聴を中止したのだった。
この類のドラマは苦手だ。
ところで。ブログの横幅を狭くしたら、過去ログの写真が枠からハミ出すことになってしまった。
このように、現在にいながら過去のことを変えられたら、どうなる?
(あの時こうしておけば、よかったのに)と思うことは、誰にもあるだろう。実際に、それができれば?というのはSF的発想である。
2004年のアメリカ映画『バタフライ・エフェクト』は、そんな作品である。
とあるG7の構成国で、首相が不慮の死を遂げた。
後継首相が音頭を取って、元首相の国葬が行なわれることになった。
国葬にはG7の首脳が参列する(ロシアの大統領は招かれない)。
この首脳たちをテロリストが狙う。
というのが映画『エンド・オブ・キングダム』のシナリオである。
アメリカの映画なので、大統領を警護するシークレットサービスを主人公にして描かれているが、2016年に、こんな映画が製作されていたとは知らなんだ。
作中の日本の扱いが、いかほどかを観よ。
それはともかく。
同じ2016年作の『ザ・コンサルタント』も超面白い。
原題はThe Accountantで、主人公が、まさに会計士だから、コンサルタントというタイトルはないやろう、と思うのであるが、『ジ・アカウンタント』とか言うても日本の人には馴染みがないやろうと忖度して映画会社が命名したのだろう。
日本語のタイトルでええぢゃないか、『闘う会計士』なんか、どうよ。
この映画、もともとは三部作として企画されていたので、評判もよかったし、ということで続編とゾクゾク編を作るらしい。
主演は、ベン・アフレック。
ケイシーの兄である。
この兄弟二人で合計3回、アカデミー賞を獲得している。
映画のこと以外で、書くことを思いついたのに、忘れてしまった。
まあ、よくあることだ。
すぐアウトプットしておかないのが、いけない。
ケイト・ウィンスレットという女優が大好きである。
かの有名な『タイタニック』で主演した、少しぽっちゃりとした身体を話題にされる、あの女優さん。
その後、数多(あまた)の作品に出演し、数々の映画賞で受賞し、アメリカのアカデミー賞にも何度もノミネイトされ、2008年に『愛を読むひと』の演技で主演女優賞を獲得した、名優の中の名優である。
確かに、ヌードになった姿を観ると、がっかりするが、裸の演技を期待しているわけではないのである。
U-NEXTで、これまでに観た作品は『オール・ザ・キングスメン』『スティーブ・ジョブズ』『素晴らしきかな、人生』。
『オール…』ではルイジアナの上流階級子女、『…ジョブズ』ではAppleやNeXTでマーケティング担当役員だったジョアナ・ホフマン役、『素晴らしきかな…』では広告代理店の役員を演じている。
私生活では結婚3回、それぞれで一人ずつ子どもを、もうけている。ちなみに二人目の夫は『007/スペクター』の監督であるサム・メンデスであった。俳優レオナルド・ディカプリオとは『タイタニック』で共演して以来、非常に親密であるが、恋愛関係に発展する気配は、まったくないのである。
ウェブログのレイアウトを若干変更した。
全体の幅を狭くして一行あたりの文字数を減らし、可読性を高めた。
それにしても……Bloggerは使いにくい。
エディタにしても、改行すると何故これほど行間が開いてしまうのか?
ほぼ毎日1、2本の映画を観ていると、脳内で混乱が起きる。
脳力の衰えもあって、多くの情報量が処理できないようだ。
簡単にいえば「頭の中がゴッチャになっている」のである。
同じ俳優が別々の映画に出演していることも、その原因の一つである。
たとえば『さらば愛しきアウトロー』に出ていたケイシー・アフレックを『インターステラー』でも観たし、レイチェル・マクアダムスがリチャード・カーティス監督の『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』(2010)とロジャー・ミッシェル『恋とニュースのつくり方』(2013)に出ているのを観た。
各俳優の出演シーンが思い浮かぶが、そのシーンがどの映画のものだったか……?と考えてしまうのである。
ちなみに、『さらば愛しきアウトロー』というのはロバート・レッドフォード引退前の最終出演作。『アバウト・タイム…』は、特殊能力を有する男性主人公の恋愛ドラマ。『恋とニュース…』はテレビ局で朝の情報番組を制作する女性の話で、ハリソン・フォードが重要な役に配されているが、完全なミスキャストだと思う。自分がキャスティングするなら(あり得んが)この役には絶対に「ジャック・ニコルソン」を、あてたい。
ディアスポラというのは聞くところによると、ユダヤの民が国を追われて離散してしまったことを指すらしい。
これをSF(サイエンス・フィクション)の世界では、地球外移民の意味で使う。
すなわち、隕石の衝突や環境の破壊によって人類が地球に住めなくなり、他の惑星に移住するという話である。
ディアスポラがテーマのSF映画を2本、U-NEXTで観た。
一つは『レッド・プラネット』、赤い星というからには、当然火星の話である。
この映画にヴァル・キルマーが出演している。
『トップガン』でマヴェリックのライバル役アイスマンを演じた俳優であり、『トップガン:マヴェリック』でも(過去の回想場面ではなく)続演した、ただ一人の俳優である。
もう一本のディアスポラは『インターステラー』。
監督は『バットマン』シリーズでも知られるクリストファー・ノーラン、映像づくりにこだわりの強い作家である。
出演者は、
エレン・バースティン
マシュー・マコノヒー
ジョン・リスゴウ
アン・ハサウェイ
マイケル・ケイン
ウィリアム・ディヴェイン(1シーンだけ)
ケイシー・アフレック
マット・デイモン
など、錚々たるキャストである。
一見してエレン・バースティンがその人であることを認識できるのは、年季の入った映画ファンだけだろう。
ちなみに、マット・デイモンが画面に現われたときには(火星で苦労して地球に帰還したのに*、また別の星に来たんかい)と、思ってしまった。
*マット・デイモンは『オデッセイ』(原題:Martian)という作品では火星にしばらく滞在する科学者の役を演じたのである。
Apple社製のタブレット端末iPadの新モデルが、USB Type-Cのコネクタを装備する、というのは既定の事実である。
これを機に、iPhoneのコネクタもType-Cに移行するのかと思いきや……
iPhoneからはコネクタ自体が無くなる、という噂がある。
iPhoneからは、すでにイアホンジャックが取り除かれていて、ワイアレスのイアホンしか使えない仕様になっている。
充電もワイアレスだけで行なうように、変更されるのだろうか。
ありそうなことではある。
余計なものはつけないというジョブズの哲学が、携帯電話からキーボードを取り除いたし、ジョブズが作った「ホームボタン」でさえも取り除かれた。
やがては充電池と電源スイッチもなくなって、太陽光で作動するようになるかも知れぬ。
絶対に取り除けないのは、マイクとスピーカだけだ。
それがなければ、もはや電話(Phone)とは呼べない。
マティアスのMacintosh用キーボードがチャタリングを起こすようになったが、メイカー修理に出すと数千円の費用がかかるとわかった。
該当するキースイッチを、取り替えるそうだ。
このキーボードは以前にも、別のキーで同様の症状が出ている。
その時は保証期間内だったので、無償で修理ができたのである。
二度あることは三度あるという訳で、修理に出すのはやめにして、キーボードを新調することにした。
しかし、Macintosh用のキーボードで、しかもキーセットがUS配列のものは、市場にあまりないのである。
そもそも純正のキーボードがお粗末なので、こういう状況になっているのである。
Amazonで、よさそうなのが見つかったので、注文した。
届いた荷を開封してみると、カタログ(Amazonのサイトに表示されている写真および商品説明文のこと)とは異なる状態のものだったので、返品した。
Amazonでの買い物においては、頻繁に起こる出来事である。
さらにネットを渉猟して「Keychron(キークロン)」という香港のメイカー(本社オフィスが在香港で、製造は中国本土)を見つけた。
Macintosh用であり、メカニカルスイッチで、外観のデザインも洗練されている。
Keychron公式のオンラインストアで発注すると、ブツが中国から送られてくるシステムだ。
個人で輸入するようなものである。
折しも円が1ドル110円台から128円へと安くなっていた時期で、おまけに輸送費も(Amazonに比べれば)かさむので躊躇したが、他に目ぼしい選択肢は、なかった。
結果的に、Keychronはマティアスよりも打ちやすいキーボードだったし、円も今や1ドル145円を超える安値なので、128円のレベルで買えたことは、よかったと思う。
有線のキーボードを注文したのだが、わざわざ有線にするのには理由があって、OSをゼロからインストールする時に、無線接続のキーボードは認識されないからである。
Keychronのキーボードのケーブルは、PC側がUSB Type-A、キーボード側同じくType-Cである。
さて、USBのType-Cについてである。
Type-Cの端子には表裏の別がないが、どちら向けに挿入しても信号伝達能力に差はないか、という疑問を持つユーザが、おられるらしい。
これに対する、あるメイカーの返答は、
1)表裏の別は、ある
2)能力に差は、ない
というものだった。
つまり、端子の中にあって外からは見えない小さな基盤に、微小な電子部品がハンダ付けされている側が「表」にあたるという。
繰り返すが、外からは見えない。
どちら向きに挿入してもOK。
ところで、Apple社からiPadの新機種が発表されたばかりだが、充電器などの周辺機器との接続を、従来のLightning(ライトニング)から変更して、USB Type-Cで行なうことになったそうだ。
Lightningの方が優れているのに、と思うのは、Lightningの端子を挿入すると、クリック感があり、しっかりと接続ができたように感じられるからである。
これは、USB Type-Cの端子にはないノッチを、Lightningが装備していることによる。
Lightning端子にもUSB Type-C端子にも表裏の別はないが、紙にはウラ表がある。
紙は、ドロドロになった状態のパルプを金属のネットの上に平たく広げて作るのだが、ネットに当たった側には、格子状になった凹凸が生じる。
こちら側が、紙のウラである。
なお、わざわざ「ウラ表」と表記するのは、裏という漢字が表と混同されないようにする、印刷屋の暗黙のルールである(どの印刷屋でも、そうだとは限りません)。
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』で主演を務めるのは、ダニエル・クレイグという俳優である。
クレイグが新たに配役された時、彼の明るい色の髪・青い眼がジェイムズ・ボンドのイメージに、そぐわない、と世間からブーイングを浴びたという。
初代を務めたショーン・コネリーのイメージが、あまりにも強かったのだろう。
ダニエル・クレイグはジェイムズ・ボンド役の映画を5本撮って、降板する。
最初から、そのような契約を映画会社と結んでいたと思われる。
YouTubeなどで、次のボンド役者を想定して作られた、まるで予告編のような、複数の動画を観ることができる。
ただし、007号(日本ではゼロゼロ・セヴンと呼ぶが、本来はダブルオウ・セヴンである)を務めるのが女性であったり、黒人である想定は、まだ、されていない。
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』を観て、その前作の『007/スペクター』を観ていないことに気付いた。
実は、クレイグ主演で撮った5本の007作品は、一つながりの長い物語になっているのである。
という訳で、逆順になったが『007/スペクター』をU-NEXTで観た。
この映画を監督したのはイギリス人のサム・メンデス。
ケイト・ウィンスレットの元夫である。
007のシリーズは、また新たな監督と新たな配役によってリブートするだろう。
『バットマン』のように、繰り返し、繰り返す。
せっかくの無料見放題なので……映画ばかり観ている。
U-NEXTで無料で観られる作品の中に、有料のものが混ざっている。
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(原題は単に、No Time To Die)は、その一つだ。
タイトルは「死ぬ暇はない」と訳すことができる。
英題の発音を片仮名に置き換えるだけの邦題には、芸がない。
ちなみに、007の映画シリーズには死ぬ(die)と生きる(live)の語が入ったタイトルが、他にもある。
▼You Only Live Twice(1967)※日本が舞台となった作品
邦題:007は二度死ぬ/主演:ショーン・コネリー
これは、悪の組織スペクターの首領ブロフェルドが言う、象徴的な台詞に因むタイトル。
ブロフェルドは膝の上の猫にたとえて(a cat has nine livesという諺がある)一度は死を免れても、二度はないぞ、と言っているのである。
▼Live And Let Die(1973)
邦題:死ぬのは奴らだ/主演:ロジャー・ムーア
原題を訳すれば「(自分は)生きよ(他は)死なせよ」なので、「死ぬのは奴らだ」というタイトルは、気が利いていると思う。
▼Tomorrow Never Dies(1997)
邦題:トゥモロー・ネバー・ダイ/主演:ピアース・ブロスナン
芸のないタイトル、その2である。
「明日という日は必ず来る」という意味ですな。
それで想い出したのが『俺たちに明日はない』(原題はBonnie And Clyde)である。
▼Die Another Day(2002)
邦題:ダイ・アナザー・デイ/主演:ピアース・ブロスナン
「他の日に死ね」と、おっしゃいますか。
スパイも年老いるし、危険な職業ゆえ若死にすることもあるだろう。
ジェイムズ・ボンドも、毎度絶体絶命という状況に追い込まれるのだが……
エンドロールの末尾には、いつも「James Bond Will Return」の文字がある。
『TOPGUN: MAVERICK』を観たら、前作も観たくなった。
U-NEXTを利用すれば、今のところ無料で観ることができる。
自宅で観ることの利点は、視聴の途中で休憩できること、と書いた。
もう一つ、エンドロールをじっくりと読むことができる、ということがある。
『スター・ウォーズ』以来、出演者・製作スタッフの部門と名前、使用された楽曲名、などなどが、ずらずらと列記されるようになった。
長いものは10分にも及ぶので、これを映画館で観る(読む)のには支障がある。
観客は本編が終わると、すぐに席を立ち、帰り支度を始めてしまう。
落ち着いて座っていられないし、かえって迷惑をかけてしまうことになりかねない。
ヴィデオや配信動画であれば、途中でスクロールを停止させたりして、エンドロールの細部までを確認することができるのである。
エンドロールは……興味深い!
スタントマンの名前も書いてあるし、セット撮影の際に使った背景の画家の名前も書いてある。
ロケーション撮影に使った場所も書いてあるし、仕出し弁当屋の名前まで書かれている。
映画の中で使った小道具の提供元(タイアップしている場合が多い)も分かる。
もちろん、出演者(CAST)の名前が真っ先に表示される。
ある時、一人の俳優の名前が目についた。
(いったい、どの場面に出演していたのだろう?)
そう思って、本編を見直したのだが、どれほど注意して観ても、その俳優を見つけることはできなかった。
後で調べて知ったのだが、その俳優の出演シーンは本編からは丸ごとカットされてしまい、映画製作に参加した事実のみがエンドロールに記されたということだった。
話は36年前の『トップガン』に戻る。
マヴェリック機の後座席でレーダーを担当するのはグース。
彼を訪ねて、家族がトップガンに、やって来る。
グースの妻であるキャロル(メグ・ライアンが演じている)が、マヴェリックと司令官の娘の、過去の恋愛事情を語るシーンがある。
字幕には出ていなかったが、その娘の名前が「ペニー・ベンジャミン」であることが、聴き取れた。
ちなみに、グースを演じたのはアンソニー・エドワーズ。
テレビドラマの『ER緊急救命室』では、マーク・グリーン役を演じた俳優である。
課金されるものとは知らず。
観てしまったものは、仕方ない。
770円だった。
U-NEXT無料体験プログラムについてくるポイント(600円相当)が使えたので、170円になったけれど。
久しぶりに、PCの画面で映画を観た。
映画館で観る迫力と雰囲気には劣るけれど、途中でトイレ休憩できるのが、いい。
マヴェリック(Maverick=仲間はずれの牛)ことピート・ミッチェルは、アメリカ海軍所属の現役パイロットである。
そして、いまだに独身だという設定である。
マヴェリックを演じるトム・クルーズは実年齢60歳。
まったくポンコツらしさのない、元気なおじさんである。
少しだけネタばらしをしておく。
マヴェリックに関係する重要な役どころで、ペニー・ベンジャミンという女性が出てくる……
そう書くだけにしておきましょう。
ちなみに前作『トップガン』は1986年公開だから、も早36年も前のことである。
10年ぐらい前にYouTubeで、よくJimmy DiRestaのチャンネルを観ていた。
自身の工房でモノを作り上げる工程を動画で観せてくれるチャンネルである。
これを観ると必ず「subscribeせよ」というバナーが現われて、subscribeとは登録という意味だから、そこをクリックすると住所や名前・クレジットカードの番号などを入力させられるものだと思っていた。
こちらはインタネットで観られるものは無料である、という思い込みと希望があったので、subscribeは、せずに過ごした。
YouTubeチャンネルをsubscribeすると金を取られる、というのは誤解であることは、後になって知った。
subscribeすると、そのチャンネルの視聴者としてカウントされ、カウントの多寡によって、チャンネル製作者であるYouTuberの収入の度合いが決まるのである。
subscribeしていただければ励みになります、と定型文でYouTuberが言っているのは、要は「金、金、カネ!」と叫んでいるのと同じなのである。
時代は下り、subscribeは「サブスク」などと呼ばれるようになり、一定の料金を毎月支払うことによって、何らかのサービスを受ける仕組みとして一般的に理解されるようになった。
ガス・水道・電気もサブスクの一種である。
それはともかく。
最近、U-NEXTにsubscribeしたのである。
語弊があるが……、騙されて。またしても。
たとえば、Amazonにはプライムという「隠し球」がある。
5千円(1年で)ほどの有料プログラムで、商品の送料が無料になったり、ヴィデオが無料で観賞できたりする特典がある。
これには、無料体験プログラムがあって、一か月間試用できるのである。
以前、プライムのプラン料金が3千900円の頃、体験プログラムにsubscribeした。
一か月が過ぎれば、自動的にsubscribeされるものと思い込んでいたのが失敗だった。
こちらから解約を申請しなければ、本契約へと自動的に移行することになっているとは、知る由もない。
結果的に、3千900円を支払ったけれども、それに見合うサービスを受けるほどAmazonでショッピングしなかったことは確かである。
さて、U-NEXTのことである。
「31日間・無料で・映画を観放題」という言葉に騙されて……
『トップガン/マヴェリック』を観たのである。
YouTubeに流れてくる予告編の数々を観て、本編を観たい、と思っていたのである。
すると、無料だと思っていたのに、いきなり課金されてしまった。
全作品が無料なのではなく、有料視聴の作品も混ざっているのである。
まさに「そんなの、きいてないよー」である。
subscribeなんか、せんぞ、と……
言わんこっちゃない。
ここのところ「ヤフオク!」に頻繁に出入りしている。
何百台かある、亡父のモデルカーコレクションを整理して、片端から出品・売却しているのである。
「ええっ、あんた本気ですか?!」
と思うぐらいの高値で売れる車があるのである。
最近高値で落札されたのが、トミカのマツダ カペラ ロータリークーペで、91,888円の値が付いた。
こんな小さな(7センチぐらい)ボロい中古車が、である。
仕入れ値はゼロなので、文字通りボロい儲けである。
(ヤフオク!側が手数料として8パーセントを取っていく)
そんなんで、オークションに出入りしていると「売りに徹せよ」と肝に銘じているにもかかわらず、買い気をそそられる物に出会ってしまうのである。
数日前にiPhone 5cの白いのを見て、落札してしまった。
送料込みで1,500円。
中古というよりも使用済み、のマシンでSIMは入っておらず、充電ケーブルもなし、素っ裸の本体のみが、緩衝材でぐるぐる巻きにされた状態で届いた。
ご存知の方もあろうが、5cというのはiPhoneのシリーズ中最低人気の機種であった。
不人気の理由は判然としないが、自分ではその形が最も気に入っていたのである。
落札品に充電して、初期設定を施した。
まともに動作する。
無線LANに接続できたので、メイルチェックには使える。
アプリをダウンロードしたので、寝YouTubeも楽しめそうである。
ちなみに、1台目はiPhone SE(第一世代)。
だいたい同じ大きさである。
■BLOG_914 IS OVER.
普段、手帳にメモをとるのに万年筆を使っている。
ドイツ製のPelikanを高校生の頃から気に入っていて、何年か前に「Classic」という最も安価なモデルを購入した。
ペン先を選ぶときは常に中字、なぜならば筆圧が強いので、細字では紙に溝ができてしまうからである。
インクはPelikan 4001のボトル入り、ロイヤルブルーがこれまた昔からのお気に入りである。
ロイヤルブルーのいいところは、色が美しいのはもちろん、指についても水洗いできれいに落とせるのである。
2色目のペンが欲しくなって、PILOTが初心者用と称する万年筆を買うた。
メーカーの標準価格が1,000円の製品である。
巷の評判はすこぶる良くて、よく売れているそうである。
文房具屋の店頭で試し書きをしたときは、好感を持ったのだが、自宅で使い始めると「初心者用」のしかけが邪魔になってきたのである。
このペンは軸の断面が円ではなく三角形になっていて、それゆえ初心者に対してペンを持つ位置を強制するのであるが、自分がその位置で持つと、ペン先の角度がいつもとは異なってしまい、書きづらいのだった。
また、買い物に失敗してしまった。
仕方なく、三角形の軸をヤスリで削って丸くした。
新品で透明の美しい軸をガリガリと削った。
もったいなかったけれども、持ちやすくなった。
別売りのコンバータにPelikan 4001の茶色を入れて使うことにしたのは、青(ロイヤルブルー)に対する2色目として、赤以外の色を使いたかったからで、オレンジ色でもよかったのだが、同じPelikanの茶色を偶々見つけたのである。
茶色の欠点は……指につくと、洗っても落ちない!
■BLOG_913 IS OVER.
自室にテレヴィがないことは、すでに書いた。
昔から、あまりテレヴィに依存しない生活を送っていたのだが、海外(特に西欧)のフットボールだけは観たくてたまらず、ハードディスクレコーダを買ってPC用のディスプレイで試合観戦をしていたことがある。
ギリシャが優勝するという、とんでもない事件が起こったユーロ(欧州蹴球連盟主催の選手権大会のこと)を観たので、2004年のことである。
なんと18年前のことであって、その時のレコーダは現在、実家にあるのである。
まだ立派に現役である。
昨夜も北京五輪のカーリング女子日本対米国の試合を録画しながら、追っかけ再生して観戦したところである。
つまり、テレヴィは実家に帰ったら(毎週帰る)観ているわけで、まったく観ていないわけではない。
2004年からしばらくの間、自室のテレヴィは「スポーツTV」と呼ばれていて、それはほぼ文字通り、スポーツしか映らないテレヴィという意味であった。
充分である。
カーリング以外に観た種目。
ちょうどバイアスロン女子24km(6km×4人)リレーを実況中継していた。
bi-athlonは二種競技のことであって「自転車+水泳」でもいいわけだが、五輪の冬季競技におけるバイアスロンは「クロスカントリースキー+射撃」のことを指す。
これを「戦争ごっこ」と言って悪ければ、「狩りごっこ」と言い直そう。
実際の狩りでは、雪山で獲物を追うのである。
狩人はライフルを背負い、スキーを履いて走る。
獲物を見つけたら止まって、撃つ。
しからば、狩りの習慣があり、かつ山岳を擁する国の選手たちが好成績を残せる道理である。
ドイツ、フランス、イタリア、オーストリア、チェコ、スウェーデン、ノルウェイといった国々が強い。
しかも、北京に送り込まれてきたのは美女ばかりである。
その名を記録できなかったが、イタリアチームの第二走者には、胸を射抜かれた。
ファウストを真似て言っておこう。
「時よ止まれ、君は美しい!」
処分しようと思って古い本を整理していたら『イチローの流儀』が2冊出てきた。
2006年3月30日発行(初版)のハードカヴァと、2009年4月1日発行の文庫版である。
版元は新潮社、著者は小西慶三である。
私はハードカヴァを読んだ後、文庫版は買っていない。
これは、おそらく実家の本棚から勝手に持ち出してきたものに違いない。
しかし、読んでもいないのは、文庫版あとがきと解説が本日初見だったことから判った。
ケイゾー、というのは仲間内での彼の呼び名であるらしい。
いやいや、それが本名だから。
実は、彼とは古い知り合いである。
1971年の冬に、我が家は引越しをして、前年に開催された万博のコンパニオンの宿舎になっていた公団住宅の一室に入居したのである。
周囲の部屋には、まだ誰も入居しておらず、まるで冷蔵庫の中に住んだかのように寒かったことを憶えている。
少し遅れて、我が家の真下の部屋に引っ越してきたのが小西家だったのである。
ケイゾーは当時5歳だったはずである。
痩せっぽちで、眉を八の字に寄せ、神経質そうな男の子だった。
ちなみに、こちらはこの年に高校に進学を果たしたのである。
それ以前に、中学校では同級生の一部の物好きが集まって、アメリカンフットボールの真似事を校庭でしていた。
私はクラブ活動でフットボール(サッカーのことな)をしていたので加わることはなかったが、かなり興味を持ったことは確かである。
数年経ってアメリカンフットボールに人気が集まるようになり、テレヴィ放送でも、よく観戦をするようになった。
そしてついに、楕円球を買ってきて、我が弟とキャッチボールをするまでになってしまった。
団地の庭で、我々がアメリカンフットボールごっこをするのを、ケイゾーが見ていたらしい。ということを彼のお父上から、うかがったことがある。
どうやら、アメリカンフットボールがしたくなってKGに進学したふしがある。
やせっぽちで、虫網を持って近所を走っていたケイゾーは、チームの守備の要となり、主将にも選ばれた。
卒業して通信社に職を得て、フットボールではなくベイスボールの取材を担当することになったのは、彼が自分のMLB好き・知識豊富を就職試験の場でアピールしたからのようである。
これがそもそもケイゾーがイチローと関わることになる、発端である。
ケイゾーが取材先から原稿を通信社に送るのに苦労しているというのは、これまたお父さんから、うかがった話である。
現在ほど通信環境が整っておらず、原稿はノートPCで打てても、データを送るのはカプラを使って公衆電話から送っていたというのである。
『イチローの流儀』の文庫版解説で石田雄太氏が、ケイゾーは機械音痴でパソコンが苦手だと書いているが、カプラを扱うことの方がよっぽど難しいと思うのである。
■BLOG_911 IS OVER.
食事をする時にテレヴィを見ながら、という人は多いだろう。
拙宅にはテレヴィがないので、そういうことにはならない。
NHKの集金人(実際に金を集めに来るわけではないが、便宜上こう呼ぶ)にそう言っても、いっこうに信じようとしないのだが、証明するために家の中に入れてやるのも業腹だ。
「受信機はないから帰って」と言い続けるしかないのである。
さて、食事をすることに専念しているのかというと、そうでもなくて、テレヴィの代わりにYouTubeを観ていることが多い(爆)
最近よく観るのがAGT(America's Got Talent)、BGT(Britain's Got Talent)すなわち米英のタレント発掘オウディションである。
プロかアマかを問わず、まだあまり世に知られていない人たちが、自分の芸を認めてもらおうと番組に応募してくるのである。
芸を披露する持ち時間は2分(たいがいはオウヴァするのだが)、YouTubeに出てくるのは好結果の例なので、おいしい部分だけをつまみ食いできるのが、ありがたい。
ちなみに、10分以上のヴィデオクリップには体力がついていけなくなってしまった。
YouTubeで、もう10年も追っかけているのが、Jimmy DiRestaである。
名前から察するところイタリア移民の子孫であろう、この人はDesigner, Builder, Makerである。
われわれの言葉でいえば「モノ作りの天才」。
手仕事でも、道具やマシンを使ってでも、見事なモノを作り上げる。
スピードも速い。
いや、それはヴィデオを早回ししているから、そう感じるだけかも知れん。
やっとSubscribeまでたどり着いた。
DiRestaのヴィデオを観ていると、必ず「Subscribeせよ」という表示が出てくる。
10年前には、これが鬱陶しくて。
「Subscribe=課金される」と思い込んでいたので、一切subscribeは、しなかった。
今に至るも、していない。
しなくても観られるから。
YouTuberからは、しつこくsubscribeせよ、と言ってくる。
「励みになりますので」という決まり文句は、おそらくYouTube(=Google)からの指導が入っているのだろう。
視聴者が増えるだけ広告料を稼げる道理であって、要は金目である(copyright by 石原)。
視聴者への課金はないのだが、YouTuberに金が入るのである。
今、subscribeを検討しているものがある。
AdobeのCC(Creative Cloud)である。
Adobeの主要製品はパッケージ販売をやめ、Cloud(空の上ぢゃなく、地上の建物内にあるサーヴァコンピュータだろ)にあるアプリをオンラインで使わせる方式に変わった。
こちらのsubscribe(名詞形はsubscription)は、確実に課金される。
Adobeにとっては太い商売になるが、今や日曜ユーザに落ちぶれた我が身には、いい迷惑である。
いい迷惑なんだが、今ヴォランティアでやっている広報の仕事に、新しいInDesignが使えれば重宝するのに……という訳である。
InDesighの単体プラン:2,728円/月(税込)。
うーん、悩ましい。
半額以下にならんかなあ。
■Blog_910 is over.
電話を使わないので持っていてもしょうがないと思うのだが、ポケットに一つ入っていると非常に便利なので、iPhoneを所有している。
それはiPhone SEの、いわゆる「第一世代」で、iPhone 5と同じ筐体のモデルである。
スマートフォンが、まるで草鞋のように巨大化する前のタイプである。
iPhone 4が角のない筐体だったのに対し、iPhone 5では角の立った鋭利なデザインとなった。
知り合いが買ったので、早速手に取らせてもらったのだが、あまりの重量感に驚いたのを憶えている。
前述したように電話は使わないので、iPadであってもいいのだが、iPadがたとえminiであったとしても、ポケットに携帯するのは不可能である。
そこで、どこにいてもメイルチェックだけは行なえるようにと導入したのが、iPhone SEと通信専用の「格安SIM」であったわけだ。
現在は通信専用SIMを解約して、音声通話もできるSIMに換装してあるのだが、通話はまだ一度もしていない。
電話番号も実家の母だけにしか教えていない。
電話として使わないiPhoneを、どう使うのか。
カメラ?
否、レンズ(SEは単眼)が非力なので非常時(咄嗟に何かを記録したい時)以外使わない。
最近よく使うのは、宅配便の発送コード(QRコード)をコピーして、コンビニエンスストアや郵便局で送り状を発行すること。
宛名書き不要なので、すごく便利。
そして、ニューズウォッチ。
アプリを使ってYahoo! ニュースとツイッターをしょっちゅうチェックしている。
YouTubeを眺めてから寝につきます(悪い習慣)。
これまでiPhone純正のメールアプリを使ってきたが、メイルの到着(チェック)が遅いので、どうせGmailをチェックするのだから、とGmailアプリに変更した。
今のところ、iPhoneの通知音が使えないのだけが不満。
というより、どうやってGmailアプリオリジナルの通知音を鳴らしているのか?
■
自分用のメモとして。
収入は超低空飛行で安定しているが、
安定しているが超低空飛行、と書いた方が正しいか。
とにかく、生活が苦しいことには違いない。
出ていくお金を、できる限り減らすことが大事である。
固定費を、常に見直し。
■電気代……関西電力から、いわゆる再生可能エネルギー系の新電力会社Lに乗り換えた。
それはもう何年か前のことで、電気代は確かに安くなった。
ところが、最近どうも電気代の支払いが増えているようなので、再び電力会社の見直しをすることにした。
その結果Lより安いと思われるSでんきに乗り換えることになった。
再生可能かどうかには構わず、決めた。
ちなみに、実家の電気も昨年転居した際にSでんきに変更したところだった。
■ガス……自由化されたとはいえ選択肢は少なく、電力会社が売るガスに興味はないので、そのままである。
次に、通信費。
■固定電話……だいぶん前にNTTから、でんきのブランドと同じSのおとくラインというのに乗り換えて、基本料金ベースで月200円の節約に成功したのだけれど、Yahoo! BBのインタネットサービス(ADSL)を有利な条件で申し込むのにNTT回線が必要だったので、戻したところ、直後にADSLが消滅することが判明した(T_T)
仕方なく、しばらくはスマートフォンだけでインタネット接続を行なうことになった。
■スマートフォン(無線の電話)……音声通話をしないので、iPhoneを使ってはいるが、電話というよりも超小型のコンピュータのようである。
ここでも節約のため、MVNOのいわゆる「格安SIM」を導入した。
Dモバイルという業者が用意してくれた「シェアコース」というプランを選択、月間8ギガバイトの容量を3枚の通信専用SIMで分け合うというものである。
料金は毎月2,000円とちょっと、という低水準である。
一枚目のnano SIMをiPhone SEに入れて(通信用SIMなので音声通話はできない)、
二枚目のmicro SIMをDモバイルから買ったルータAterm MR04LNに、
三枚目のnano SIMを母のiPad mini 2に導入して使うことにした。
母はメイルチェックぐらいにしか使わないので、実質的に一人で8ギガバイトを使えるのであって、当初はこれで充分間に合っていたのである。
■インタネット接続……やがて、ヴォランティアで引き受けている仕事でインタネットを使う頻度が増したので、やむなく新しいISPを頼むことになった。
現在住んでいるアパートがauの光回線に対応しているので、Sネットのひかり対応のプランに申し込んだ。
他で切り詰めている費用を、こちらに注ぎ込んだ感じではある。
■ふたたびスマートフォン……Dモバイルが事業をRモバイルに売り渡し、通信専用SIMのシェアコースが消滅することが判った(T_T)
しかも、DからRへの契約移行はできなくて、Dモバイルをいったん解約してRモバイルとの新規契約をしなければならないということであった。
新規契約をするのであれば、例えばUモバイルもYモバイルも選択肢に含まれるわけである。
さまざまに検討の末(UもYもプランが分かりにくい!)、Dモバイルの3枚のSIMを解約して、Rモバイルの「無制限」と称するシンプルプランに2回線分申し込んだ。
RモバイルでAterm MR05LNを新規購入して1枚目のSIMを導入、これを実家の母に(iPad miniをWi-Fi機として)使ってもらうことにした。
仮に、母の使用量が月に1GB未満であれば、料金は0となる。
SIMは通信専用ではないので、わがiPhone SEはやっと電話のできるスマートフォンを名乗ることができるようになった。
ちなみに、従来のルータAterm MR04LNは退役し、ネットオークションでめでたく落札されました。
■ふたたび固定電話……Sのおとくラインから、無駄にNTTに変えてしまったのを、再びSに戻そうかと考え始めた。
月に200円、年間2400円の再節約である。
その時ひらめいたのが「ひかり電話が使えるんぢゃ?」
おのれはインタネットをひかり回線で使っているのであろう、しからばひかり電話も使えるのではないのか、ということである。
調べたら、もちろん使えた。
しかも月550円!である。
おとくラインに戻すまでもない。
NTTの解約手続きもやってくれるそうなので、即行で申し込んだ。
一週間ほどして、それまで使っていた電話が通話不能になった。
それを合図にして、電話機を壁のローゼット(NTT)からSネットのルータ(auひかり;機械はAtermのホームゲイトウェイ)につなぎ替えた。
以上、各々乗り換え手続きは超面倒臭いけれど、やってみるだけの価値はある。
ボツ原稿復活(落穂拾い)の連続、本日第二弾。
『本の雑誌』の読者アンケートに答えて書いた原稿を、ちょうど終戦記念日なので、ブログに公開する。
今日たまたま目にした、ある人(僕より年長)のツイッターに「日本は世界に誇れる国になった」と書かれていた。
そうかなあ。
第二次世界大戦の敗戦国となって以来「残念な国」であり続けているような気がするのですが。
▼以下は、お薦めの海外ノンフィクションの紹介。
大日本帝国の興亡〔新版〕全五巻
ジョン・トーランド著/毎日新聞社訳/ハヤカワ文庫NF
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☆戦後七年も日本が米軍に占領されていたことは、忘れられているのではないでしょうか。日本をアメリカ化するために文書のローマ字つづりを強制する計画が、あったそうです。また、日本全島をアメリカの在外農場化してしまう計画も。まるでSFのような話ですが、ノンフィクションです。
以上のことは『大日本帝国の興亡』には【書かれていません】。この本には大日本帝国が第二次世界大戦を、いかに戦い、いかに砕け散ったかがリアルに記されています。それがリアルと信じられるのは、著者トーランド(戦時中はアメリカ陸軍大尉)が、主に東と南のアジアで五百人から聴き取った話を基にして書き上げたということからです。
『大日本帝国の興亡』(原書は一九七〇年刊のThe Rising Sun: The Decline and Fall of the Japanese Empire, 1936-1945)をイチオシする理由は、文庫本で読める・さほど頁数が多くないので通史としては読みやすい・ピュリツァー賞受賞作(1971年)である、こと。モノクロの写真に原色のタイトルを配したカヴァデザインも気に入っています。
--END---
「偏固ジャーナル」というタイトルで、毎月『本の雑誌』に投稿している。
読者が投稿できるスペースには二つあって、1)読者へのアンケートに回答する欄、2)「三角窓口」という名の、投稿専用欄である。
1は、本の雑誌編集部からの依頼原稿(テーマあり)という扱いなので、採用されると、掲載誌が送られてくる。昔は原稿料として図書カードも、もらえたのである。
2は、読者から編集部への持ち込み原稿(テーマなし、または本に関するエピソード)である。これは一種のチャレンジであって、小雑誌といえども商業誌に掲載されれば、それはハッピーなことである。
原稿採用率は、正確に勘定をしていないけれども、三割ぐらい。
ボツ原稿がもったいないので、ブログに出してみることにする。
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△偏固ジャーナル[新書めくったった号]
『少年は世界をのみこむ』『シッピング・ニュース』(後者は少なくとも三度目)を続けて読んだら、すごくよくて、余韻から離脱できない状態に陥ってしまった。
そんな時、実家の母から手渡されたのが『在スス』(文春新書)です。髪が真っ赤(今は真っ青かな?)のチヅちゃんが書いた本です。独りで死ぬためのマニュアルを期待していたフシのある母は「思ってたのとちゃう」と言ってましたが。読んでみると、介護保険のCMでした。
そんな母に連れられて(小学生の時です)広島平和記念資料館(通称:原爆資料館)を観覧しました。その時のショックが今も忘れられません。ちなみに母はその頃集会でバーバラ・レナルズさん(反原水爆運動家、故人)に会ったこともあるそうです。
ふだん新書を読まないのに書店で『広島平和記念資料館は問いかける』(志賀賢治著/岩波新書)を買い求めたのは、そんなセンチメンタル・リーズンからです。この本によると、資料館の展示は現在までに何度もアップデイトを重ねているようです。チャンスがあれば、また観に行きたいと思います。泣くかもしれんけど。
--END---
未来が見えない。
当たり前だ(のクラッカー、と心の中では続く)。
自分の往く先が見えない。
昔のことを、よく思い出す。
人生が終わりに近づいたことを予感させる。
『暗くなるまで待てない!』は1975年4月公開の映画である。
若き大森一樹監督が16ミリで撮った、自主制作映画である。
2008年のデジタル・リマスター版が手に入ったので、観賞した。
以前に観ているが、断片的にしか憶えていなかった。
公開から一、二年して、友人のJと『暗くなるまで待てない!』の自主上映会を企画した。
大学の二回生か三回生の頃のことである。
Jと二人で、芦屋にあった大森の自宅を訪ねた。
何を話したか、何の記録も残っていないが、大森の靴下に大きな穴があいていたことだけが印象に残っている。
上映会は二本立てで行なうこととし、『暗くなるまで待てない!』の相方に『青春の蹉跌』(1974年6月公開)を立てたのである。
『青春の蹉跌』は石川達三の小説の映画化(神代辰巳監督)であり、萩原健一と桃井かおりが主演を務めている。
萩原(サブちゃん)と桃井(恐怖のウミちゃん)のコンビは、1975年に始まったテレビドラマ『前略おふくろ様』へと引き継がれる。
『暗くなるまで待てない!』の劇中、大森自身が扮した映画監督が、ある女優を指して言う「桃井かおりよりもいいよ」という台詞を、今回の観賞で確認した。
そのことを知っていて、Jは、『青春の蹉跌』を二本立ての相方に選んだのか、と今さらながら気づくのである。
上映会の場所には御影公会堂を選んだ。
人も集めた。
そろそろ上映を始めようという頃に、大きな問題が発生した。
映写機のレンズに付けるワイドコンバータが、なかったのである。
『暗くなるまで待てない!』は通常の16ミリ作品なので、コンバータを装着しない状態で問題なく映写できる。
ところが『青春の蹉跌』は劇場公開版の16ミリヴァージョンで、通常の16ミリの画面よりも横長(ワイド)だったのである。
すなわち『青春の蹉跌』を、正しくワイドな画面で映写するためには、ワイドコンバータが必要だったのである。
今からコンバータを借りに行っている暇は、ない!
我々(上映会の学生スタッフ)は来場者に、わけを話してお詫びして、コンバータなしで『青春の蹉跌』を上映したのである。
スクリーン上には、左右寸詰まりのショーケンと桃井かおりが映ることになったのだが、そんな映像にも慣れることができるということに気づいた。
さらに後で気づいたのだが、コンバータを装着してワイドに映写できたとして、公会堂のスクリーンの左右から映像がはみ出さなかっただろうか……ということである。
『暗くなるまで待てない!』は、そんなほろ苦い思い出を伴なう映画である。
1974年晩秋(撮影当時)の、神戸近辺の風景や風俗が映り込んでいて、記録的な価値もある。
クレジットされている鈴木清順以外に、神戸女学院の学園祭(1974年11月2日)でステージに立つ野坂昭如の映像も記録されている。
ウェブを眺めていて、今日が沖雅也の亡くなった日と知った。
知った、というか思い出した。
1983年6月28日、彼の死で直接の影響を被ったのである。
(この話、2020年9月にも書いている……よほど心象に残っていると思われる)
当時、印刷会社の営業マンだった私は、新歌舞伎座のNさんから電話を受けた。
あるいは、出先でポケットベルによる呼び出しを受けて、こちらから電話をしたのかも知れぬ……
Nさんは真っ先に「ニュース見たか」と聞いた。
見ていないと答えると「沖雅也が死んだんや」と絞り出すように言う。
折しも新歌舞伎座では沖が座長を務める公演が開幕間近で、私は、チケット販売の担当課長であるNさんを通じて、印刷の仕事を請け負っていたのである。
劇場や映画館の入場券(=チケット)は「金券(きんけん)」と呼ばれ、紙幣の印刷に準ずる厳格な管理体制の下、作業が行なわれる。間接税の対象ともなることから、税務署から指定を受けた印刷所でなければ、金券の印刷はできないことになっていた。
座席指定の券には個別のナンバリングを行なうので、オフセットでチケット本体を印刷した後に、活版で席番号を加刷していた。
断裁してナンバー順に束ねて製本するが、抜けは絶対に許されないのである。
印刷所には検査室があって、専従の検査係が一枚ずつチェックを行なう。
印刷の各工程で手間のかかる、神経を使う作業だった。
沖雅也公演を間近に控え、チケットは刷り上がっていたのである。
沖雅也公演がどうなったのか……座長に代役を立てて開催したのだったろうか、それらのことは、まったく思い出せない。
憶えているのは、刷り本(印刷が完了した紙)をボツって、一からやり直したということである。
しかも、通常はひと月ほどもかかる全工程を、三倍速でやって、無事納品できた。
私がやってのけたのではなく、印刷現場の人たちが全力を注いで、やってくれたのである。
誇らしく頼もしい現場だった。
沖雅也31歳、新宿京王プラザホテルにて墜死。
「涅槃にて、待つ」という彼の言葉が忘れられない。
椅子のキャスタが……劣化してきた。
五輪ある(否、中止せいよ……ぢゃなかった)キャスタの、一つの車輪部分がボロボロになって、崩れ落ちてきている。
実は、以前同じキャスタを純正の部品と取り換えたのだが、再びである。
残る四つのキャスタは、たまたま近所のホームセンタでよく似たものを発見して購入した。
純正品よりも、かなり安かった。
この四つのキャスタは、まだ大丈夫のようである。
椅子本体は、ITOKI製のバーテブラで、すでに35年は使っている「老兵」である。
キャスタ以外には、座面のクッションがへたってペチャンコだし、座面の上げ下げをするためのガスチェンバーも、最近不調である。
しかしながら、まだ使えそうなので、とりあえず交換用キャスタを一つだけ、買いに出かけた。
以前と同じホームセンタへ、である。
ミニヴェロに注油して、タイヤのエアを足して、久しぶりに走った。
店には、緊急事態下の緊張感は、まったくない。
客は、自分の身は自分で守らなければならない。
ついで買いをせず、キャスタ1個をクレジットカードで支払って店を出る。
GIANTの大阪店まで走る。
フリーペーパの「cycle」誌を入手するのが目的だったが、MTBを素見す。
前後サスペンション・電動アシスト付きのやつが気に入った!
63000......、6万3千円ぢゃなくて、63万円ですから。
とても買えませんって。
早々に退店。
そのまた近くのスーパーマーケットへ「瀬戸風味」を買いに行く。
この近辺では、この系列の店でしか扱っていない、稀有なふりかけである。
3瓶購入したので、母にも分配する予定。
他にも、好物の八朔、レトルトカリー、のど飴、菓子パンなどを買って帰る。
帰宅して、すぐにキャスタの取り付け。
たんに、ボルトをねじ込むだけで完成。
五輪満足に揃って快適であるが……あちらの五輪は、もっともっと早くに中止を決めるべきだったのに。
JOCとIOC、東京都、政府が互いに顔色をうかがい合って、誰かが中止を進言してくれないかと待っているうちに時を過ごしてしまった感がある。
このままオリンピックを開催・閉幕して、成功裡に終わりました、と言えるような大会になるとは思えない。
誰か、やめようと一言言ってくれんかな。
Yahoo! JAPANのトップページが、たまにこんな感じになります。
いっそシンプルで、よろしいですな。
またボールペンと万年筆の話。
Bicの多色ボールペンの替え芯も、リアルの店舗では、なかなか手に入らない。
結局、Yodobashi.comに注文することになる。
今回発注したのは、青×2、赤×1の計3本の1.0ミリ芯で、147円。
メイル便(郵便受けに投函される)で送ってもらうのであるが、Yodobashi.comさんがありがたいのは「全品送料無料」というところである。
なお、大量に注文しないのは「Just In Time」すなわち必要な量を必要な時に、という考え方でもある。
インクの色の話でした。
インクを使う筆記具の場合、自分は基本的に青色を使う。
会議資料にメモを書き込むことが多いが、文字等が黒色でコピーされているところに、黒ペンで書くと、資料の文字もメモも読みづらくなる……
というわけで、読み返したときに判りやすいように、青で書く。
ボールペンはブルーの替え芯を買う。
万年筆も青色のインクを、瓶で買う。
デフォルトはブルーブラックなのだろうが、ここでも青を使う。
現在使っているのはPelikan純正のRoyal blue[ロイヤルブルー]である。
瓶入りなので当然ながら、万年筆本体のツイスト式ポンプで吸い上げている。
そこのところは、やっぱり面倒臭い。
「
花さそふ
嵐の庭の雪ならで
ふりゆくものは
我が身なりけり
」
ちょうど、今頃の季節に詠まれた歌である。
春の強い風が、京都の山に吹いている。
桜の花びらが舞い散って、まるで雪が降っているようである。
人生の盛りを過ぎた男が、邸の縁側にたたずんで、それを眺めている。
美しいが、物哀しさを感じさせるシーンである。
上の短歌は、藤原定家編『小倉百人一首』に収められた第96番の、私が最も好きな歌である。
作者は入道前太政大臣(にゅうどうさきのだじょうだいじん)とあるが、西園寺家の祖とされる、藤原公経(ふじわら・きんつね)のことを指す。
なお、藤原公経という名の人は他にもいて、
西園寺家の祖・藤原公経は、実宗の子で1171年生まれ・1244年没。
もう一人の公経は藤原成尹の長男で、叔父の重尹の養子となった人。1099年没である。
(Wikipedia調べ)
「花さそふ…」の歌の解釈について、嵐が花の散るのを誘っているとするのが大方であるが、あえて素人の感覚で解釈したい。
嵐が誘っているのであれば「嵐さそふ 花は庭の雪ならで ……」と詠んだのではないか?ということである。
したがって、私の解釈は、
「桜花が散り始め、それが風を呼び寄せたかのようであり、雪が降っているようにも見える。しかし、ふりゆく(古くなって落ちていく)のは、私自身である。」
となる。
『小倉百人一首』を、英語訳している人がいる。
McMillan Peter[マックミラン・ピーター]である。
集英社新書に『英詩訳・百人一首 香り立つやまとごころ』の著書がある。
第96番歌のマックミラン訳を見てみよう。
「
Fujiwara no Kintsune
As if lured by the storm
the blossoms are strewn about
white upon the garden floor,
yet all this whiteness is not snow--
rather, it is me
who withers and grow old.
」
マックミランも「まるで、嵐が誘ったかのように……」と訳している。
拙者もいっちょう、ひねってみた。
The blossoms fly like snowing in the stormy garden, there see myself falling.
……あまりにも簡単すぎぬか。
筆記具の断捨離のことです。
鉛筆にボールペンにペイントマーカにタッチペン(タブレットの入力用)に……
それぞれ複数種あって、太いのや細いのや、青いのや赤いのや、インクが切れて使えないのやら、多いにも程がある。
というわけで、ちょっと捨てる。
(全部いっぺんに捨てへんのかい……)
一番上は、静電式のタッチペンで、ボールペンとしても使える。
二番目は、単色のボールペン。
この2本は、日頃お世話になっている眼鏡店(独・Rodenstock専門)でもらった景品。
三番目は、フランス製のオレンジBic(青インク)、インク切れ。
四番目もBic製、先端のボールが不調で、使用できず。
下から2本目は三菱製のジェットストリーム、赤・青・黒の3色ボールペン。
一番下はパイロットの単色ボールペン、1.6ミリ芯である。
印刷会社の営業員時代、7枚複写の感圧伝票に作業指示を書き込んでいた。
ボールペンで力いっぱい書かないと、一番下の伝票に文字が現われないのである。
今、細いペン先のジェットストリームで字を書くと、紙に穴を明けてしまうことがある。
私の筆圧は鍛えられて強くなり、それが普通になった。
ボールペンの先が0.5ミリとか0.7ミリでは「危ない」のである。
それゆえ、1.0ミリ以上のペン先を使いたいのだが、なかなか手に入らないのである。
世間の人たちは、より細い方を求めるのだろうか、筆記具のメーカの品揃えも細いものに偏っている。
ちなみに、ジェットストリームの替え芯には1.0ミリのものがあるが、なぜそれを使わなくなったのかを、今思い出した。
芯が短かく、したがってインク切れまでの時間も短かいのである。
後述する別のメーカの替え芯の、価格も約2倍である。
要するにコストパフォーマンスが低いのが理由の一つである。
もう一つ。
細い芯が売れ筋商品なので、近所の文房具店では、ほぼ扱っていない。
自分で取り寄せ(ネットで購入)しなければならず、面倒である。
貧乏性ゆえ、大人買い(大量に買い置き)もしない。
一方、主力として使い続けるのは、Bicの多色ボールペンとPelikanの万年筆である。
上掲画像の黒いBicは、市場であまり見かけない色種である。
ペン先[芯]は1.0ミリ、赤・青・黒・緑の4色ボールペンである。
中央のBicは、よくある配色の軸。
芯は4本だが、1.0ミリの赤・青・黒に0.8ミリの黒を加えた、3色ボールペンである。
インク芯はジェットストリームのものより長く、値段は安いが、書き心地は劣る。
古いシステムだから、使い勝手が悪いのだが、最も気に入っているのはPelikanである。
ボールペンのように溝を掘るような書き方はできないが、紙の上を、文字通り水が流れるような、快い書き心地がする。
宇宙を「そら」と読ませる小説は、他にもある。
John Scalzi[ジョン・スコルジー]の『老人と宇宙(そら)』も、その一つである。
原題はOld Man's War、内田昌之訳でハヤカワ文庫SFから出ている。
邦題が、ヘミングウェイの『老人と海』(原題:The Old Man And The Sea)をもじったものであるのは明らかだ。
『宇宙へ』は、Mary Robinette Kowal[メアリ・ロビネット・コワル]の長編SFで、2020年の夏に酒井昭伸の邦訳がハヤカワ文庫SFから出ている。
そのことが「S-Fマガジン」2020年10月号で紹介されている。
借りてきた「S-Fマガジン」2010年の10月号。
ご覧のようにSとFの間に記号が入っているのだが、・(中黒)でもなく-(ハイフン)でもなく、右向きの小さい黒三角のようである。
(入力と画面表示が難しいので、ハイフンで代用します)
早川書房発行の「S-Fマガジン」「ミステリマガジン」は、それぞれ月刊だったのが隔月刊になり、前者は偶数月、後者は奇数月に出るようになった。
両者を合わせて、やっと年刊12冊なのである。
SFもミステリも肩身が狭くなってきているのだろうか。
このことである(池波正太郎調)。
この雑誌を借りる目的だった短編『火星のレディ・アストロノート』を読んだ。
作者はMary Robinette Kowal[メアリ・ロビネット・コワル]、原題はThe Lady Astronaut Of Mars、翻訳は酒井昭伸。
コワルは、この作品を先に出してから、長編のThe Calculating Stars(『宇宙【そら】へ』酒井昭伸訳/ハヤカワ文庫SF)を書いた。
『宇宙【そら】へ』では『火星のレディ・アストロノート』から30年を遡った時代(1950年代)が描かれている。
つまり『火星のレディ…』は1980年代の話であり、主人公たち地球生まれの人々が、すでに火星で暮らしているのである。
「S-Fマガジン」2010年10月号は、ハヤカワ文庫SFの創刊50周年を記念する号で、日本のSF作家や海外SFの翻訳家たちが、エッセイを寄せている。
大森望も、その一人である。
彼は記念エッセイの中で、自訳のベストとしてコニー・ウィリスの『ドゥームズデイ・ブック』を挙げている。
黒死病[ペスト]が蔓延している中世の英国に時間旅行した学生の悲惨を描いた作品である。
『火星のレディ・アストロノート』『ドゥームズデイ・ブック』ともに、普通ではない状況設定の中で、普通らしく語られる話なので、いわゆるハードSFとは違って、読みやすい。
久しぶりだけれど、大したことを書くでもなく、よしなしごとを書きまする。
鼻の奥から喉にかけてが不調なのだが、花粉アレルギーのせいだと思われる。
突然発症してから20年、これでもだいぶんましになったのである。
毎日のビタミンCとヨーグルト摂取が効いたようです。
午後、運送屋がレーザディスクを引き取りに来てくれた。
死蔵していた28タイトルを業者に買い取ってもらうのである。
『昼下がりの情事』『おしゃれ泥棒』『華麗なる賭け』など、大好きな洋画中心のコレクションだが、LDプレイヤーがないので、肥やしでしかない。
段ボールひと箱に詰め込んだら、13.1キログラムの重荷になった。
運送屋を帰して、外出。
歩いて隣の市の中央図書館まで行く。
しばらく行かない間に改装されていて、戸惑う。
館員に「月刊の雑誌の棚はどこですか」と尋ねてみる。
何という雑誌かを言うのは気恥ずかしいのだが……
「何という雑誌を、お探しですか」
当然、そう来るわ。
「SMマガ…」ちがうって「エスエフマガジンなんですが」
すぐに案内してもらえた。
いつも利用している、居住地の図書館には『S-Fマガジン(←これが正式タイトルで、SとFの間に記号が入っている)』が置いていないので、ここまで来たのである。
※ちなみに、前は月刊だったのが隔月刊になった
読みたかったのは2020年の10月号に掲載された、メアリ・ロビネット・コワルの短編「火星のレディ・アストロノート」(酒井昭伸訳)。
広域貸出券を使って、借り出す。
広域貸出のシステムを利用すれば、大阪・北摂の7市3町の図書館で本が借りられるのだが、それぞれに貸出券が必要となるので、すべてを利用するにはカードを10枚、持たなければならない。
また、今回利用した自動貸し出しシステムが、我が市のものとは大きく異なっていたことから、他市町でも同様の差異があることが予想される。
所変われば、シスも変わる。
隣市の図書館に本を返却すると、ウイルス対策として72時間は再貸し出ししない、ということであった。
我が市では、どうだったか……?
長居をせず、帰る。
途中、スーパーマーケットで買い物。
八朔があったので即買い。
他では見かけなくなった、ふりかけ「瀬戸風味」(三島食品)も、即まとめ買い。
これは嬉しい発見でした。
ついでに、アップルパイも買う。
レジのおばちゃんの声は、ビニルのカーテンに遮られて、まったく聴こえない。
帰宅後、アップルパイを肴にティタイム。
それらしくない緊急事態宣言下、外出を控えている。
いつも正月に行なっていた墓参りも初詣も、していない。
家にいるのなら片付けをせよ、というわけで、デジタルデータの整理をした。
コンピュータの中のことなので、部屋は片付かぬ。
それぢゃダメぢゃん(春風亭昇太風)。
コンピュータとは、デスクトップPC(Macintoshが2機)・タブレット端末(iPad miniの初代機)・スマートフォン(初代iPhone SE)のことである。
スマートフォンには通信専用のSIMを搭載しているので、キャリアがいうところの音声通話は、できない。
ただし、iPhoneに搭載されているFaceTimeアプリを使えば、お互いの顔を見ながら話ができる。
古い用語で言えば「インタネット電話」である。
SkypeとかZOOMも、同様の仕組みを利用している。
つまるところ、スマートフォンとは通信機能とカメラの付属した、超小型コンピュータということができる。
それはともかく。
iPad miniの動作があまりにも遅く、それを表現するのに、使い古された「亀」を使うのが、ぴったりくる有様である。
ウェブで調べてみると、iOSをアップグレイドする度に上書きを繰り返したために、フラグメンテイション(メモリの断片化)を起こしているようである。
メモリの断片化が起こると、アクセスの速度が落ちて、マシン全体の動作速度も遅くなる……というのはハードディスクだけの現象かと思っていたのだけれど。
それを解消するために、iPad miniを工場出荷時の状態に戻して、OSを入れ直すことにした。
この作業を「クリーンインストール」というが、これをするとマシンのメモリに蓄積したデータ(撮影画像・電子書籍ほか)もクリーニングされて、なくなってしまう。
非常に怖い作業なのである。
というわけで、iPad miniの中身をiCloudにバックアップしておいてから、クリーンインストールを行なった。
ちなみに、iOSのヴァージョンは、このiPad miniで使える極限の9.3.6である。
インストールは、ほぼ無事に終わった。
DropboxとEye-Fiアプリが再現できなかったが、別途再インストールすれば事足りる。
想定していなかったのは、壁紙のデータが消えてしまったことである。
これはオリジナルの画像データをiPhoneからコピーして(AirDropで)、再設定した。
| オリジナル画像を設定したホーム画面 |
| ロック時の画面 |
![]() |
| ⌘Oで追加していく。バックグラウンドではAbbey Roadを再生中 |
いつものように、自分のではなく母の賀状である。
例年のように、葉書の全面を写真とし、その上に賀詞と本人の名前・住所を載せる。
11月に眺めのいいアパートに引っ越したので、そこからの眺望を撮影した写真が選ばれた。
母が書いたコピー(賀詞)は「あけましておめでとうございます 今年もよろしくお願い致します 2021年元旦」と、前年と変わり映えがしない。
とりあえず、親の言いなりになって一案を作る。
実家にて、母用のPC(MacBook Airの古いヴァージョン)を借り、Pagesというアプリケーションを使う。
自分のマシンでは何を作るにしてもAdobe InDesignを使うので、Pagesには全く馴染みがないが、高度なレイアウト作業を行なうわけではないので……なんとかできた。
言いなりになって作ったものが気に入らず、(自分なら、こう作るのだが…)と思うB案をデザインした。
それを母にプレゼンテーションすると「こっちの方が、いいわ!」と、即採用された。
元)プロの言うことは、聞いてみるもんでしょ。
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| 公開には、ちょっと早いけど |
9月下旬、面倒をみているアパートの敷地の草刈りを行なった。
敷地の北側のお宅から、アパートの方に枝を伸ばしてきている木は、所有者の了解を得て、伐採した。
作業当日になって、北側のお宅の擁壁に、キイロスズメバチが営巣しているのを発見した。
一大事である。
この巣を処分しないと、危なくて伐採作業ができない。
そこで、アパートの住人さんに頼んで、役所に電話してもらった。
駆除業者を寄越してくれるという。
スズメバチに限って、費用は役所持ちで処理してくれるのである。
以下は、動画による記録(by taqueda11@YouTube)。
撮影に使用したカメラは2台、RX100(SONY)とD5600(Nikon)である。
D5600では、タイムラプス動画も撮影した。
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ハチの巣の駆除騒ぎで予定は狂い、作業はこの日だけで終えられなかった。
五月の黄金週間に対して、白銀週間と言おうか。
敬老の日と秋分の日と日曜日が、まとめてやって来た。
こちらは365日休みの状態だから、関係ないが。
パンデミック下、外出は控えたいのだが、秋の彼岸とあって墓参はしたいのである。
春秋の彼岸と盂蘭盆、新年は墓参りをする、と従姉に話したら、真面目ねと言われたことがある。
真面目不真面目の問題ではないだろう。
今年秋の彼岸は、9月19日から25日である。
いつ墓参りするか?
四連休を避けて、23日に行くのが望ましいが、その日に別の用事ができてしまった。
24、25日でもまったくOKなのだが、早く済ませるにこしたことはない。
そう考えて、19日の土曜日に、少々のリスクを冒して出かけた。
寺町まで地下鉄に乗って行く。
最近、大阪メトロという名になったのだが、誰かがそう呼ぶ声を聞いたことがない。
墓所で水を打って、掃除をして、香華を手向けて、頭を垂れる。
持参の数珠は祖父が使っていた、珠の一つひとつに羅漢が彫られたものである。
ある時、珠が一つ割れてしまい、その珠を取り除いて、房と紐を短かいものに取り替えてもらった。
珠の数が減ってもかまわないそうである。
我が家の墓は数が多いので、世話するのも時間がかかる。
大阪メトロに乗って、帰る。
「なんば」で乗り換えるところ、途中下車して千日前道具屋筋に買い物に行った。
人出が、けっこうある。
長居は無用だが、時間をとって丼鉢を探す。
気に入っていた鉢を割ってしまったので、その替わりである。
波書房と天地書房にも入店。
遠慮しいしい見て回るが、獲物なし。
| 髙島屋百貨店の軒下から、丸井とエディオン |
| 丸井の向こう側に見える新歌舞伎座 |
このことはどこかに書いたことがあるが、昔、携帯電話(iモード)向けに「偏固通信」というミニブログを書いていたことがある。
主に、日日の暮らしの中で腹立たしく思ったことなどを書いていたのだが、ある時それを読み返してみて、我ながら不愉快になって、やめてしまった。
後になって、楽しみにしてくれていた奇特な人がいたことがわかったけれども、もう遅い。
その後、ブログ[web-log] に乗り換えて今日に至るというわけだが、Bloggerを選んだのは、ここなら悪口雑言を書いても、あまり目立つまいという気がしたからである。
さて、本日のお題は「新訳」である。
すでに誰かが翻訳した海外の作品を、また訳しなおすということである。
訳文の日本語が古くなったので、現代に即したスタイルに仕立て直して売ろう、というのが出版者[社]の思惑だと思っていた。
この夏、東京創元社がアーサー・コナン・ドイルの『失われた世界』の新訳版を出す、という情報を得て喜んだ。
少年の頃に面白く読んだのだが、今また新訳で読めるとは幸いである。
悪い癖?で、書店の店頭で試し読みすることなく、レジに持って行って買った。
『失われた世界』(原題:The Lost World)は、夏休みに読むのにふさわしい、読後感の爽やかな冒険小説である。
ちなみに、マイクル・クライトンの『ロスト・ワールド -ジュラシック・パーク2-』は、本作へのオマージュである。
墓参りのトピックを、よく投稿している。
そんな気がする。
信仰心は薄いくせに、彼岸の春と秋、盆と正月に、寺に行く。
さて、寺に世話になっているということは、家に仏壇があるということなのである。
父が亡くなったときに、大阪の有名店で新調した。
その店の主の墓も、同じ寺の墓所にある。
仏壇の灯明は、AC100Vを電源とする電球(に提灯型のカヴァが被されている)なのだが、以前から点灯したり、しなかったりを繰り返していて、ついにダメになった。
蝋燭だけでお盆を過ごすことになったのだが……
家の近くの仏壇仏具の店を訪ねてみると、電球・電線・電源の部分だけを取り替えられるキットが売られており、出張取り替え費込みで6千円ということだった。
この値段を高いと思った自分は、検討するからと断わって、直後にネット通販をチェックしたら、同等品が半額で、しかもDIYで取り替えできるということだった。
そして、どちらにしても、もうお盆には間に合わないのだが、DIYで取り替えできるのであれば、パーツも自分で調達して組み立てればいい、と思いついた。
大阪市内の墓から、日本橋の電器屋街までは、それほど離れていない。
地下鉄(大阪メトロという名に変わったが、誰もメトロと言わない)で一駅。
中学生時代から通い慣れた場所である。
千石電商(せんごく・でんしょう)でLED球とリード線と電池のケース、などを買う。
(間違って、通商と書いてしまったので訂正)
これらを仏壇に組み込めば……仏様が許してくださればであるが、許していただけるものと思って、作業するしかありません。