2017/08/31

電話ぢゃないiPhone-->


突発性難聴になって耳の聴こえが悪くなったが、前から性能の低い耳だった。
携帯電話の音が聴き取りにくいのである。
安もん買い、と揶揄されながらPHSを好んで使っていたのは、抜群に音質がよかったからである。
ベータがVHSに駆逐されたのと同様にPHSが姿を消すことになったのは残念である。



SHARP製のスマートフォン「W-ZERO3」。2007年の我が愛機


















それはともかく。
電話機は好きだが通話は苦手、というけったいな理由で、電話を携帯するのをやめてしまった。
その辺りの経緯は、前にも書いたと思う。
iPad miniのWi-Fi+Cellularモデルに買い替えたのである。
キャリアはSで、SIMロックがフリーではない頃のモデルだ。

iPad miniは、ほぼA5サイズ。
これをルースリーフノートのバインダに挟みこんで、携帯することになった。
到底ポケットには入らない。
つまり、手ぶらでは出歩けないことになってしまったのである。
それが我慢できない、というほどのこともないのだけれども。

電話を携帯しなくなったことで、お前は連絡がつきにくいという苦情が二、三あったけれども、こちらはどこにいても電話がかかってくる不愉快さが無くなって、気楽になった。
それに、Eメイルは随時送受信可能である。
また、iOS端末同士なら「FaceTime」アプリで交信可能のはずである。

二年後。
iPad miniを、SIMロックフリーのiPad mini 2に買い替えた。
その理由は「格安SIM」を導入するためである。
これによって毎月の通信費が四分の一ほどに激減し、マシン買い替えの元はすぐにとれたのである。

現在。
iPhone SEを買い足した。
24回分割払い・金利ゼロ、というのに惹かれて(爆)
iPad mini 2に導入したSIMを、iPhone SEに移植した。
このSIMはデータ通信専用のものなので、キャリア経由の音声通話はできず、FaceTimeは使えるという事情には変わりがない。

iPhone SEは、わが家の無線ルータとして働いている。
Wi-Fiマシンに堕したiPad mini 2とデスクトップのMac miniを随時接続している。
iPhone SEだけを持って外出することもできるようになった。
iPhoneを携帯してるのに、電話はしない。
そんな奴、おる?

 

iPhone SE。Spigen製のケース装着済み。横持ちして、親指入力を行う


















2017/08/29

腹立半分日記by筒井康隆-->


今さらながら『腹立半分日記』を読む。
白状すると、筒井康隆作品は今まで、まったく読んでいない。
高校生のころ、同級生が筒井作品にはまって、ええでええでと騒いでいた。
こっちは五木寛之や畑正憲(ムツゴロウ)のエッセイを好んで読んでいた。



装幀:山藤章二



ほぼ40年前の本だが、古いがゆえの再発見・再確認ができて、面白い。
レトロスペクティヴというやつである。

本体というべき「腹立半分日記」は、著者が雑誌『面白半分』の編集長を務めていた期間、同誌に連載されたものをまとめたものである。
そこに、サラリーマン時代(乃村工藝社)やSF作家としてデヴィウする頃、その他の日記を加えて一冊の本にしてある。

「SF幼年期の中ごろ」と題された日記群は、昭和39(1964)年11月18日から始まる。
奇しくも、小生9歳の誕生日である。
著者はこのころ、千里山にある両親の家にいたと書いている。
その千里山に、当時小生も住んでいたのである。
もっと言えば、小生が通った小学校に、筒井少年もかつて通っていたのである。

また、筒井の作品を、ラジオで酒井哲が熱演、という記述が出てくる。
酒井は俳優でナレーター。
うちの家族と同じ団地(小学校に隣接している)に住んでいた。
息子の充(みつる)とは同級の友だちだったので、親父さんとも何度も顔を合わせている。
知った土地、知った名前が出てきて懐かしい。
もっぺん書くけど、レトロスペクティヴというやつである。

筒井家は、男ばかりの四人兄弟。
上から順に、康隆、正隆、俊隆、之隆という名で、これを間違わずに入力できたのは「や・ま・と・ゆ」と語呂合わせをしておいたからである(笑)
四男の之隆氏とも、少ないながら出会いがあった。
彼は読売新聞大阪本社の広告局に勤務していた時期があって、そこから仕事をもらっていた印刷会社の担当営業マンが、小生だった。

それはともかく。
本人は、
「いやなことや腹立ちや自己嫌悪や何やかやを吐き出すため、しかたなく(後略)」
と書いているのだが、作家が、人に読ませるために書く日記だから、面白くないわけがない。
偏固ジャーナルとはわけが違う。
最後に、小生が最も面白く読ませてもらった1976年のある日の記述を引いて終わる。

11月27日(土)
黒田先生に健康診断してもらった結果は、中性脂肪が287とのこと。普通は160ぐらいでなきゃいかんらしい。コーヒーと酒はやめろと言われてしまった。飯を食い過ぎてもいかん。血圧も高いからタバコをやめろ。ではいったい、何を楽しみに生きたらいいのだと、家へ帰ってからわめき散らしていると、妻が言った。「わたしがいるじゃないの」
 


2017/08/28

オートチャージしてもうたん?-->


スルッとKANSAIが発行していたプリペイドカードが販売を終了した。
ICカードタイプの電子マネー「PiTaPa(ピタパ)」が普及したためだ。
私鉄系のPiTaPaは、JR(これも私鉄だけど)系の「ICOCA(イコカ)」との連携をはたし、どちらの改札をも通ることができるようになった。

PiTaPaが完全なポストペイ式(後日まとめてクレジットカードで決済される)であるのに対して、ICOCAはプリペイドと同様の支払い方式である。
したがって、ICOCAのカードには、あらかじめ幾ばくかの金額がチャージされていないといけない。
そのチャージを何度もできるところが、従来のプリペイドカードとは違う。



隠れているのは、いわゆる提携カード



わが母が、プリペイドカードの愛用者であった。
新しいものぎらい?の彼女も、やっとPiTaPaのユーザとなる日が来たのである。
煩雑な申し込み手続きは息子の役目であるが、俺にとってもやーこしい。
オートチャージの仕組みが理解できないまま、申し込んでしまった。

PiTaPaのICカードには、最初(データとしての)お金が入っていない。
初めて改札口を通るとき、自動的に2,000円分のデータを書き込んでくるのである。
それがオートチャージという仕組みで、JR線を利用するための「担保」を先取りするわけである。
母はこれが大層不満で「私はJRなんか、めったに乗らへんのに」というわけである。
これには俺も責任を感じる。
オートチャージ不要、で申し込みをしなければならなかったのだ。

最寄り駅のPiTaPaの窓口まで行って、オートチャージの設定を解除してもらった。
それでも、いったん入金した2,000円が返ってくるわけではなく、PiTaPaカードの期限が切れたら返ってくるということだった。
その期限が2025年、遠い未来である。

息子、一計を案じる。
JRの駅で切符を買って(PiTaPaカードにチャージされているお金で買うことができる)払い戻しを受ければいいのだ!
うまいこといくかいな、駅員に不審がられへんかな、払戻手数料とられへんかな、といろいろ心配する。

ネットで調べたら、最近の券売機には払い戻し機能がついているようだ。
大阪経由で神戸に出かける日、西口の券売機でチャレンジした。
問題がいろいろあった。
・2,000円ちょうどの行き先がない
・1,000円ちょうどの行き先がない(2枚買ってキャンセルする場合)
970円を2枚買って我慢するか、と考えていたところ「500円」のボタンを見つけた。
4枚買って、払い戻し用のスロットに入れたが、機械に拒否されてしまった。
どうやら、ICカードで買った切符は、機械による払い戻しに対応していないようだった。
やむを得ず、係員を呼び出して、改札口で払い戻しをしてもらった。
1枚ずつ端末に挿入して、その度に500円玉1枚が戻ってくる、というのを4回繰り返さなければならず、恐縮する。
怖い顔をした女性の駅員だったのだ。

きっかり2,000円奪還したが、母にはまだ返していない。

 

2017/08/27

ケニヤの紅茶に恋して-->


母がケニヤを旅したときの土産だから、十年以上前のことである。
その土産というのは、紅茶だった。
袋をあけてみると、いかにも安っぽい「粉茶」だったので、
「こんなもん、いらんわ」
と言って、突っ返してしまったのだ。




























とにかく色濃く出せればいい、というティバッグの中身のような茶だった。
見かけは、である。
後日、実家の母がいれてくれたその紅茶の味に、打ちのめされた。
柑橘を彷彿させる香りと味を備えているが、それはアールグレイのように香り付けをされたものではなく、茶だけの味である。
紅茶を専門に飲んできた何十年間で、初めて経験する味だった。
今まで飲んだことのあるどの紅茶よりも、おいしいのである。

母に平身低頭して、残りの茶を譲ってもらい、飲み続けた。
ストレイトの抽出液は濃度が高く、ミルクティにしても充分楽しめる。
そして、風味が爽やかである。
一度飲んだらやめられない、麻薬のような……
ひょっとして、ケニヤの茶葉は麻薬の成分を含むのか?

茶の木は、寒暖差が大きくて比較的湿潤な高地を好む。
条件が合えば、インドでもスリランカ(セイロン)でも、ケニヤでもいい紅茶ができるという理屈である。
しかし、ケニヤの紅茶の味わいは、他の土地のものとは、まったく異なる。

大きな問題は、もらった袋の紅茶を全部飲んでしまったら、補充がきかない、ということだった。
ケニヤに買いに行く以外、方法はないのか?
というわけで、国内でケニヤ紅茶を扱っている業者を探す旅が始まったのである。

大阪・堂島に店のあった「ティハウス・ムジカ」が袋売りしていた紅茶の中に「アフリカン・ジョイ」というものがあった。
中身はケニヤだということなので買って飲んでみた。
インド産といっても通る味だった。
つまり、国内に出回っている一般的な紅茶と変わらない。

それ以来、紅茶の袋の原産国名表示を見て回る日々が続いた。
二年ぐらい前、成城石井ストアで「fine KENYAN HIGH GROWN LOOSE TEA」を見つけた。
「Williamson Tea」というブランドで売られている輸入品である。
これが、かなり母の土産の味に近かった。
今月、阪急・岡本駅近くの雑貨屋で、偶然Williamson Teaを見つけた。
今回買ったのは「HIGH GROWN KENYAN LOOSE TEA」と少し名前が異なる。
味は、自分が求めているケニヤのものとは違った。

今年になって、ドンピシャの味を提供してくれたのが「ひし和」である。
ティバッグとCTC(葉を粒状に丸めたもの)でケニヤ紅茶を販売している。
ティバッグの方を飲んだら、求めているケニヤの味だった。
やっとたどり着いた。

ところが。
ティバッグを全部使い果たし、CTCを買って飲んだら、普通の紅茶だった。
あわててティバッグの方を買い直して飲んだら、こちらも普通の紅茶だった。
そんな阿呆な……
プルクワ?

ケニヤ紅茶を探す旅は、また振り出しに戻った。


 

2017/08/22

さらば墓を守るトカゲ-->


電気の供給元を変更した。
ずっと地元のK電力から買っていた。
8月から値下げしてくれることになっていた。
しかし。
値下げの根拠は、原子力発電所の再稼働にある。
もし、K電力以外の選択肢があるのであれば、脱原発に賛成の立場の者としては、そちらを選びたい。
それが見つかった。
ガスを売る会社が電気も売っているが、そこではない。
太陽光で発電する電力会社があったのである。

それはともかく、お盆の墓参りの話の続きである。
墓石の花立てに水を満たして洗っていたところ、底からオーバーフロウしてくる物体があった。
小さいヤモリの死体であった。
誤って花立ての筒の底に落ちてしまったのだろう。
彼(or彼女)の能力をもってしても、つるつるの筒(樹脂製)の中を登ることはできなかったのだ。

ここは墓所であるし、生き物の亡骸を粗末に扱うことはできない。
そう思い、墓所の空地に立っている木の根元に小さな穴を掘って、埋葬したのである。

その翌日。
自宅アパートの窓に張りついているヤモリを見つけた。
昨日埋葬したやつとそっくりだ。
ガラスの向こう側だが、網戸の内側である。
ということは家の中だ。
どっから入ってきたのか。
ともあれ、やんわりとお願いして、外に出ていただく。

ヤモリへの対応がソフトなのには理由がある。
ヤモリは家守と書くように、守り神的存在である。
生物学上は爬虫類、トカゲの一種なので、気色悪い!と思う人も多い。
しかし調べてみると、まったく無害で、害虫を捕食してくれる「いい奴」なのである。

アパートの建物の外側には、ヤモリが住めそうな「隙き間」が随所にあって、そこで繁殖をしているらしい。
最初に出会ったときこそびっくりしたものの、しょっちゅう見るようになって慣れ、親近感さえおぼえるようになった。

という訳で、墓地で死んでいたヤモリよ、君も安らかに、と願う。

 

2017/08/16

お盆の墓参り-->


お盆とはどういう意味か。
「盆」という字自体には、この仏教儀式の意味は見出せない。
なぜならば、梵語の音に漢字をあてているだけだからだ。
要するに、亡くなった人たちを、お寺に集まって偲ぶ会のことと思えばよろしかろう。

菩提寺のKでは、ご多分にもれず「盂蘭盆会(うらぼんえ)」をこの時期に開催し、檀家信徒衆を一堂に集めている。
わが家は、この混雑を嫌い、わざと法要の当日を外して墓参りに行くのを最近の常としている。

母は、体がえらいと言って、ここ二年は来ていない。
さもありなん、盛夏の墓地ときたら、灼熱地獄(おっと失礼)である。
墓参りに来て倒れられたりしたら、大変だ。

という訳で、単独で墓参する。
あらかじめ、出発地近くで供花を買い求め、地下鉄に乗り、大阪市内某所のK寺まで行く。
時刻は午後三時ごろ、太陽が真上をやや通り過ぎるのを見計らってのことである。

武田家の墓は、隣り同士の分家のものを合わせて八基あるので、掃除も大変だし、供花の数量も尋常ではない。
体力も経済も消耗する道理である。























武田家の出の叔母が、六月に突然亡くなった。
独居しており、訪問してきたヘルパーによって発見された。
多分心臓発作を起こしたのだろうという医師の見立てだった。
叔母の兄である私の父も、独居中おそらく急性心不全という亡くなり方だったので、血は争えない。
叔母にとっての初盆にあたるが、彼女はカソリック信者になったため、お盆らしい儀式はなされない。

墓地の隣もまた、お寺である。
向かいも、そのまた隣もお寺である。
この辺は寺町なので当然だ。
隣の寺の方が羽振りがよくて、三階建ての宿坊を新築中なのである。
その三階に取り付けるはずの樋受け金具が、屋根の端から落ちて、こちらの墓地の塀の上に突き刺さっていた。

墓参りを終えて帰る途中、引き抜いておいた樋受けを、隣で作業中の棟梁に届けた。
「隣の寺の檀家のもんですが、こちらの墓地にお宅の樋受けが落ちてましたで」
「はあ、それはえらいすんません」
「人に当たらんでよかったですな」
嫌味を言って去る私。
仏の心は、いずこ。