2017/06/30

熱烈歓迎復職ジョン・リーバス-->


終わったと思っていた探偵小説のシリーズが復活するほどうれしいことがありますかっ。
シャーロック・ホームズの帰還、しかり。
イアン・ランキンのジョン・リーバスの復職、しかり。

リーバスはスコットランド警察のどこだったかの犯罪捜査部に、かつて所属していた警部である。
どこだったか……のところが曖昧なのは、リーバスがあちこち異動していて、ここに羅列するのは不可能だからだ。
そもそもシリーズの全作が翻訳されていないのだから、その間にリーバスがどこにいたか、わかったものではない。

『他人の墓の中に立ち』(ハヤカワのポケミス)を最後に、作者のランキンはリーバスを退職させて、物語のシリーズも終わった。
終わったはずだった。






ランキンはその後、同じスコットランド警察を舞台にした新しいシリーズを書き出した。
そのはずだった。
新シリーズの主人公はマルコム・フォックスという名の警部補で、内部監察室に勤務しているという設定だった。
こちら側の作品は、別の訳者によって別の出版社から出されたのである。

いかんせん、マルコム・フォックスは物語上の嫌われ者(警察の警察)というキャラクターもあって、ジョン・リーバスの人間的魅力を上回れなかった。
そこで作者としては、幸いにして舞台が同じスコットランド警察の中だったので、マルコム・フォックスのシリーズにリーバスを登場させて、料理にスパイスを効かせようとした。
というのは、わが想像だけれども。

結果的にはリーバスが主人公の新作『寝た犬を起こすな』がハヤカワのポケミスで出て、マルコム・フォックスのシリーズの方が吸収されたのである。
横道にそれるが『寝た犬を…』というタイトルはあかん、と思うのである。
原題は『Saints Of The Shadow Bible』。
聖人たちというのはリーバスを含む、昔警察官だった人たちのことで、影の聖書はシャドウ・キャビネット(影の内閣)と同様の、表には出ない書物のことである。
すなわち、個人的には『影の聖人たち』でええやないか、と思っているのである。

マルコム・フォックスの人物描写について。
訳者が変われば、これほど変わるのか、というほど別人の感がある。
勤務先も「監察室」だったのがハヤカワ版では「苦情課」になっている。
元のワードは同じ「complaints」のはずなのだが……

それはともかく。
ご都合主義であれ、こちらとしては大歓迎なのだが、リーバスは警察に復職。
マルコム・フォックスと対峙する。
リーバスがボケて、フォックスが突っ込む。
こういう図式であれば、フォックスが生きる。
そう作者は気づいたのではないだろうか。
 

2017/06/16

カンテ風のチャイを自作した-->


紅茶党になって40年ぐらいになる。
そのきっかけとなった喫茶店が「カンテ・グランデ」である。
カンテ・グランデは大阪・中津で1972年にオープンした。
初めて行ったのは、その翌年ぐらいのことだと記憶している。
高校の同級生のお姉さんが紹介してくれた。

カンテは、一軒家の庭に建てられた離れといった風情だった。
風変わりな建物で、四つ角に面しているのだが、道路に面した二つの壁には、それらしい窓がなかった。
角にあたる部分にスウィングドアの入口があり、中に入ると山小屋の雰囲気である。
壁の一部は石積みになっていて、むき出しの梁が頭上を覆っている。
植物の生い茂る中庭に向いている側は一面のガラス戸だった。
ロフト風の中二階席があり、そこだけに南から光の入る窓がある。
薄暗い店内はもちろん、喫茶店向けにプランニングされたことに違いない。

オウナーの井上温さん(ヤスシと読むらしいが、オンさんと呼んでいた)と話したことがある。
こういう建物で暮らしてみたいと言ったら、維持費が大変なんですよと言われた。

最初に何を注文したか、まったく憶えていない。
紅茶の専門店なので、コーヒーでなかったことは確かだ。
しかし、レモンティなどというものは、この店には存在しない。
小さなピッチャに入ったフレッシュが添えられたミルクティも、ない。
ロイヤルミルクティもテ・オレという言葉も通じない。
この店ではミルクティのことはチャイと呼ぶ。

ミルクが入っていなくてもチャイ(=茶の意)と呼ぶが、それはまあいい。
ストレイトの紅茶をオーダーするときには、銘柄を指定しなければ始まらない。
有名どころでいうとダージリン、アッサム、の類いである。
多くが、産地の名前である。
キーマン(中国)、ディンブラ(スリランカ=セイロン)、ニルギリ(インド)など。

珍しさゆえに、片っ端から試してみた。
もちろん何度も足を運んで、である。
そのうちに、ディンブラ一辺倒になった。
コクがあって色濃く、パワフルなお茶である。
カンテではポットでサーヴィスされる。
一杯目をストレイトで味わって、二杯目はミルクと砂糖で楽しむのが習慣になった。

その後、就職や転居があって行動範囲も変わり、カンテから足が遠のいた。
その間にカンテにバイトに入って、後に社員となったのが神原博之(かんばら・ひろゆき)氏である。
ウルフルズのトータス松本くんが神原氏によってバイトに採用されたのは、そのまた後の話。
だから、松本くんの作ったチャイを、僕は飲んでいない。

次にカンテを訪れたとき、山小屋風(内側の感じ)の建物はなくなっていた。
井上さんの地所には高層のマンションが新たに建てられた。
かつてのカンテがあったところはサンクン・ガーデンになり、その庭の横にあたる、マンションの地下一階部分にカンテの新しい店が作られたのである。
地階だけれども、陽光が直接降り注ぐ、明るい店になった。

新しいカンテでマネージャに昇進していたのが、前述の神原氏である。
一時期親しくしていただき、事務所にまで入り込んで話をしていたことがある。
なんといっても、神原氏よりカンテとのつき合いは古いので、話すことが沢山あった。



バーコードをそんな所に貼るなっちゅうに


神原氏の『チャイの旅』には、ロシアンブルー猫のことが書かれている。
その猫が「じゃこ」という名だったことを初めて知ったのだが、古い方のカンテに独りで行ってディンブラを飲んでいるときに、膝に上がってきたのが、じゃこだった。

やっと『チャイの旅』(ギャンビット刊)にたどり着いた。
紅茶と、カンテのことが書いてある。
解説(口述)は、トータス松本くん。
カンテにいるときには自らを「チャノムノンスキー」というキャラクターに仕立てて、店のチラシなどに登場していた。

この本の神原氏のレシピに添って、チャイを作った。
これが正式だとすれば、正式レシピでチャイを作ったのは、生まれて初めてである。
上手に、おいしくできた。
しかし、ミルクを多く消費するし、鍋が甚だしく汚れる。
ネパールやスリランカの貧しい地方では、チャイはあまり作られないそうだ。
それほどミルクは高嶺の花なのである。
 

2017/06/15

『本の雑誌』2017年7月号-->


偏固ジャーナル、「三角窓口」に掲載さる。
ここのところスランプ?で打率急落。
今年になって、やっと二度目である。






以前掲載されたものを母に読んでもらったことがある。
気に入られず、それからは読ませていなかった。
今回は彼女が読んでいた本に関連する内容だった。

彼女の感想は。
「なんか偉そうなこと書いて……
 それになんやの『60歳プラス1』て」

それは、投稿者の年齢を表記している部分である。
返して俺は。
「ギャビン・ライアルゆう人の書いた『深夜プラス1』てゆう小説があってな、
 ほんで……
 ……ちょっとあんた、聴いてんのっ」

普通、母親をあんた呼ばわりしないと思うが、わが家では親愛の情のこもった呼び方である。

まあそれはともかく。
『蜜蜂と遠雷』を貸したる、と再三すすめられているのだが、その都度辞退している。
そんなもん読むヒマがあったら、一冊でもよけいに翻訳ミステリを読みたいんぢゃ。


 

2017/06/09

後妻業から疫病神へ-->



カヴァ絵は妻の黒川雅子作



ふだんあまり国内作品を読まないのだが、以前からマークしていた作品がある。
・黒川博行『後妻業』
・横山秀夫『64(ロクヨン)』
の二つである。
翻訳もの一辺倒になる前には、黒川博行も横山秀夫も何作かを読んでいる。

入院するときに持っていく本として『64』の購入を検討したことがあったが、買わずじまいだった。
自宅の棚から何冊か選んでいったのだが、実際は本が読めるような身体状況ではなかった。

それからしばらく経って。
『後妻業』の文庫が書店の平台にぎょうさん積まれているのを見かけた。
大竹しのぶ主演で映画化されたのである(『後妻業の女』2016年)。
その文庫をさっそく買うでもなく、後日図書館で、単行本の方を借りた。
これがなかなか、よかったのである。

『後妻業の女』の後になるが『破門 ふたりのヤクビョーガミ』(2017年)は、黒川の直木賞受賞作『破門』が原作である。
こうなると『破門』も読みたくなってくるではないか。
と思いつつも、後回しにする。
建設コンサルタントの二宮と極道の桑原の凸凹コンビの活躍するシリーズの、『破門』は第五作なのである。
ならばまず第一作を読め、というのがわがポリシーである。

ちゅうわけで『疫病神』を読む。
1997年に新潮社刊、3年後に新潮文庫化。
それが今は角川文庫に移籍しているのを書店で見つけて、買った。
20年前の作品だが、色あせておらず、かなり面白い。
ノワールというより、小林信彦『唐獅子株式会社』を連想させる。
黒川は『破門』で、やっとこさと言っていいぐらい待って直木賞を受賞したのだが、『疫病神』で受賞できていてもよかったのではないか。

『疫病神』発表から十数年経ったころ……
直木賞の選考委員会は作家で構成されているので、黒川のシンパ委員が「そろそろ黒ちゃんにやったらどうですか」みたいなことを言うたんとちゃうかいな、とゲスの勘ぐりをするのである。

 

2017/05/29

【告解】のない辞書-->



原稿を書くときに必要になって「告解」を辞書で引いた。
だいたいの意味は知っているつもりなので、確認である。
愛用しているのは『岩波国語辞典』の第六版(2000年発行)である。
しかも、今では珍しい横組版である。
フォントを大にして打ちたいが、横組の方が目が疲れず、読みやすい!
欧文も、アラビア数字も、横書きのまま読めるのがいい。























それはともかく。
第六版横組に【告解】の見出しがなかったんである。
【国会】【国界】【骨灰】はあるが、【告解】はない。
ちなみに、同じ岩波書店の『広辞苑』(第五版)には採択されている。
『岩波国語辞典』とのつき合いは小学校の高学年時に始まったので、版をまたいで、かれこれ半世紀になるが、従来から【告解】はなかったのだろうか。

これだけのことなのだが、岩波国語辞典に対する、わが忠誠心は揺らいだ。
この期におよんで別の国語辞典に乗り換えよか、というわけである。
岩波がだめなら、三省堂がある!
というわけで、書店に出かけて『三省堂国語辞典』をチェックした。
すると【告解】はちゃんと載っていたのである。

しかしながら、結局購入するに至らなかったのは、ページデザインが気に入らなかったからで、特に見出し語が太いゴシック体で組んであるのは、いただけない。
個人的な感覚だが、辞書は頻繁に使うものであるだけに、見た目が大事なんである。

 

2017/05/13

ウィンスレットが大好き-->


右の耳を追いかけるように、左側の調子も悪くなってきた。
寄る年波。

それはともかく。
ケイト・ウィンスレットのファンである。
ウィンスレットとは、かの有名な『タイタニック』(1997年、 J・キャメロン作品)の主演女優である。
(主演、と打ったが)助演女優賞のカテゴリーでアカデミー賞にノミネートされたことよりも、ぽっちゃりとした体型のことが話題となった。
ウィンスレットは1975年生まれということだから、2017年には42歳である。
現在もグラマラス・以上の体型を維持しているが、顔周りはシャープだ。
役柄によって体重を調整しているようである。

『タイタニック』以後如何にして彼女のファンになりしかということに関して、はっきりした記憶はない。
それ以外に観た出演作は、製作年順に、
●いつか晴れた日に(1995)……たぶん部分的にしか観ていない
 原題/原作:Sense And Sensibility(J・オースティン『分別と多感』)
●エターナル・サンシャイン(2004)
 ジム・キャリーと共演
●ホリデイ(2006)
 キャメロン・ディアス、ジャック・ブラック、ジュード・ロウらと競演
●レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで(2008)
 レオナルド・ディカプリオと再共演
●コンテイジョン(2011)

DVDのコレクション数二千数百を誇る友人のJ君から、ケイト・ウィンスレット出演作を5本借りた。
きっかけは彼がFacebookに『愛をよむひと』のDVDのことを書き込んだことだ。
ウィンスレットがアカデミー賞の主演女優賞を獲得した記念すべき作品を、まだ観ていなかったので「貸してくれ」とメッセージを送った。
彼の手元にはウィンスレットの出演作が8本あって、すでに観たものとダブらなかったのが5本あったということだ。





















その5本は製作年順に、
●クイルズ(2000)
 原題のQuillsとは、羽ペンのこと。
 本作の主人公であるサド侯爵が内なる思いを吐露するために欠かせない道具である。
 ウィンスレットはサドの世話をする小間使いマドレイヌを演じている。
●アイリス(2001)
 原題のIrisは、実在した作家アイリス・マードックのこと。
 ウィンスレットは若き日のアイリスを演じている。
●愛をよむひと(2008)
 ベルンハルト・シュリンクの原作Der Vorleser(邦訳は新潮社刊『朗読者』)を読んでいないが、忠実に映画化されたということである。
 しかしながら、その話に説得力がない。
 結末に関しても、はなはだ不満である。
 主演女優におおいに肩入れしている当方としては「ウィンスレットがかわいそう!」という気持ちでしか観られなかったというわけである。
●おとなのけんか(2011)
 原題のCarnageは「虐殺」。
 二組の夫婦が言葉の機関銃で撃ち合う話だ。
 元は舞台劇で、本作のカメラもあまり移動せず、撮影場所は二か所である。
 一つは、彼らの息子たちが喧嘩をする公園(カメラは一点から不動のまま)。
 二つ目は片方の親のアパートで、カメラはあちらこちらを動き回るが、最大でも扉の外の廊下までしか出て行かない。
 本編は一時間と少しであっさり終了してしまう。
 あえて映画化する必要があったのか、と思わせる作品。
●とらわれて夏(2013)
 原題/原作のLabor Day(ジョイス・メイナード著、邦訳『とらわれて夏』)は、米国では九月の第一日曜日にあたるので、邦題に「夏」を入れたのだろう。
 結末がよかった。

借りた5本の中で最もよかったのは『クイルズ』。
他は、たいしてよくない。
『愛をよむひと』の原作が世界的ベストセラーになったなんて、信じられへんね。
ただし、ウィンスレットの演技は、どの作品においても文句のつけようがない。
プロフェッショナルな女優である。
あえていうならば、メリル・ストリープの跡を襲うのは、この人だろう。

『愛をよむひと』に関するエピソード。
ニコール・キッドマン主演で撮影が始まったが、彼女は妊娠して降板。
当初キャスティングされていたウィンスレットに再び役がまわってきたという。
キッドマンのままの方がよかったのではないか、と思う。
 

2017/04/18

文庫解説目録でネタバレ-->


ネット上の評判や新聞広告に惹かれて、カスをつかんでしまうことが多くなった。
読む本のことである。
自分が読みたいのは、翻訳ミステリで本格でないもの、という現在では非常に狭くなってしまっているゾーンである。

翻訳ものは値段が高い。
それは、翻訳権料がかさむからで、国内の作家作品より経費がかかるのは当然である。
高ければ売れない、売れない本は作りたくない、というのが出版社の心情である。

それでも、海外現地で好評を得た作品が、それなら日本でも売れるだろうという目論見で翻訳出版されることは、ある。
出版社は販売促進の一策として、内容見本やゲラや刷り上がりを書評家や文芸評論家と呼ばれる人たちに配って、好意的な評を書いてもらおうとする。
書評家や評論家は好意的な評を書くのだろうが、そこには忖度がはたらいている場合もあるに違いない。

いきなり結論に飛ぶと、書評などあてにならない、ということである。
SFの大家が絶賛した作品を、試し読みもせず上下巻いっぺんに買って読んだけれど、まったくのカスだった。
ドイツでは必ずベストセラーになるという作家のミステリも、半分読んだところでキレて、読むのをやめてしまった。
これらはいずれも個人的な感想なので、別の人が読めば、違った感想を持つかもしれない。

要は、書店に行って自分で吟味せよ、ということである。
帯の惹句を読んでみる、目次があればそれも読んでみる、(ネタバレに注意して)巻末の解説を読んでみる、冒頭を読んでみる。
それで面白そうなら買って読む。

前置きが長くなってしまった。
カスをつかんでしまわないために、評価が定まった作家・作品を読むという手がある。
すでに読んだことのある作品、または好きな作家の作品で未読のもの。
ディック・フランシス『興奮』は何度も読んでいる。
だから筋は知っているが、何度読んでも面白い。

今回は、パトリシア・コーンウェルの『検屍官』シリーズの中から『変死体』を選んだ。
このシリーズは現在までにすでに20以上の作品が発表されているが、18作目以降を読んでいなかった。
これを選ぶにあたっては読書計画室のお世話になった。
我が家の読書計画室、すなわちセッチンの小さな棚には数社分の文庫解説目録が備え付けてあり、用を足す間に閲覧できるようになっている。




















5年前の本なので、図書館で借りた。
上巻と下巻が別べつの館に収蔵されているので、取り寄せなければならない。
俺なら上下巻いっぺんに借りたいけどなあ。
上巻の方が傷みが激しいのは、途中で諦めて、下巻を読まない人がいるからだろう。
下巻には、なんと古本屋の値札をはがした跡が残っていた。

こういう本には登場人物紹介のページがついている。
そこを読んで、いきなり犯人が判ってしまった。
というのも、その名前が、文庫解説目録の『検屍官』シリーズの次作の紹介の中に書かれていたからである。
面白味半減、ではないか。
いや全減かも知れぬ。

出版社は、こういう些細なことにも配慮をしてほしいね。

 

2017/04/15

吉田秋生『海街diary』-->


少女コミックスの『海街diary』の新巻が出たことを、Twitter上で知った。
そういう小ネタをつぶやいてくれる御仁がいてくれて、ありがたい。
下記は、以前『本の雑誌』に投稿したものの採用されなかった拙稿である。

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△偏固ジャーナル忘月。
『海街diary』にハマってしまった。
オバカン男が少女コミックスに、である。
といっても昔、吉田秋生の『BANANA FISH』を一書懸命読んでいたので、まあ当然だ。

きっかけは、ある出版営業マンのウェブログだが、そこに紹介されていた『ラヴァーズ・キス』をまず図書館で借りて読んだ。
ここまでは『BANANA…』の流れをくんでいるといってもいいのだが、そこから『海街…』へは、ジョウントするほどの違いがあった。

『海街…』は第一巻の電書版をAmazonから入手した。
無料だった。
漫画を読むのに電子書籍のスタイルは都合がいい。
iPad miniをタテにして単ページ表示にし、片手だけでページ送りができる。

売り手の思うツボにはまって、続巻を買うことになった。
Kindle版だけでなくDMMブックス版(読むアプリが異なる)も買って、七巻揃えた。

途中で『海街…』がすでに映画化されたことを知り、つまり七巻完結の物語をベースにして映画ができたのだと思い込んだ(二女役の長澤まさみと四女の広瀬すずはぴったりという感じだが、三女は元なでしこの荒川、長女は京野ことみで、って勝手にイメージしてます)。

七巻を読んで、物語が完結しないことに気づいた。
コミック誌『月刊フラワーズ』に不定期だが連載続行中だったのである。
ええっまたぶら下がるん?

(武田伴兵衛・崖の下のオーバー還暦・豊中市)
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つまり、第八巻が出たわけで、さっそくAmazonまで買いに行った。
紙の本ではなくて、Kindle版をダウンロードしようと思ったのだが、その方は4月28日まで配信されないということだった。
今日までぶら下がって待ったのだから、あともうちょっと頑張るべ。

 

2017/04/14

増量作戦-->


世に、痩せたいと思う人びとは余りに多く、ダイエットやのトクホ(特定保健用食品)やの、喧(かまびす)しい限り。
そもそもは、お前ら食い過ぎやねん!
たとえば、わが愚弟などは食べることしか楽しみがない、などという。
まるで、おのれに施餓鬼をしているかのようである。

かくいう小生は、食べても太らない体質である。
たぶん腸が弱いのだろう、度を超して食べるとすぐにお腹をこわす。
度を超す、といってもその量は大したことないのに、である。
まるでリミッタがついているかのように腸が反応して、肥えるどころか、ますます体重を減らす結果をまねいてしまう。

最近ますます体重が減ってきた。
標準体重(身長マイナス110)を10キログラム以上も下回って、もはや「危険水域」である。
少しは増やさねば、というわけで増量作戦である。

高タンパク・高カロリーの食品を摂ったらええんとちゃうの?
電脳上で調べてみると、あるサイトには高糖質・高脂質のものを食え、とあった。
そこに、具体的に例示された食品は……
・カレーライス(カツカレーは、なおよし)
・カツ丼
・ラーメン
・菓子パン
好きなものばかりであるが、そういえば、最近あまり食べていない。

というわけで、食料品買い出し。
・米(とにかくいっちゃん安いやつでOK)
・肉(アンガス・ビーフが安かったので買う。スコットランド産!)
・トンカツ(既製品)
・鶏卵
・袋ラーメン(インスタントのもの)
・菓子パン類(あんパン、アップルパイ、ラザニアを入れてフライにしたやつ)
・野菜(カレー用の玉ねぎ、人参、じゃがいも、缶詰のトマト)
などなど。

帰宅してすぐ、お茶休憩。
紅茶をいれて、あんパンとラザニアパンを食べる。
この時点でもう胸焼けが(笑)

休憩明けからカレー作り開始。
・玉ねぎとアンガス肉を小さく刻んで、順番に油炒め
・水とベイリーフを加えて煮る
・ブイヨンキューブ投入
・人参を刻んで投入
・じゃがいもの皮をむいて投入(小さかったので、一個まるごと)
・トマト投入
本日の作業はここまで。
一晩寝かせる。

夕食は即席のソースカツ丼。
・二カップ分洗米して土鍋に投入
・水を加える(ビーカで計量!)
・30分おいて着火(ガステーブルコンロに「炊飯」モードがついている)
・炊きあがり後、15分蒸らし〜撹拌

安物の米でも、土鍋で炊くとおいしい!
・丼に飯を盛り、トンカツをのせる。
・フライパンで、溶き卵を焼く(冷蔵庫にあった麺つゆで味付け)
・丼にぶちまけて、ソースを垂らして完成。

お腹、こわれそう。

 

2017/04/13

「ほぼ新品」?-->


どこが「ほぼ新品」やねんっていう話。
坪内稔典『季語集』(岩波新書)を、Amazonで購入した。
中古品ながら、コンディションが「ほぼ新品」というふれこみだったので。
注文後、二三日して郵便受けに投函された。

茶封筒をあけると、一見して汚れの目立つ古本が現われた。
せめてプチプチで梱包すればいいものを、透明のビニル袋に入れてあった。
そのせいで、中で本が動いて、カバーの上縁が折れてしまっている。
本を開くと、角が折れているページもあるし。
おやおや、マーカーの線引きまでしてあるやん。

というわけで、読む気も失せてしまった。
ひと言ぐらいクレームをつけてやろう、とAmazonの評価サイトに書き込んだら、拒否された。
どうやら、ネガティブメッセージは受け付けないことにしているらしいぞ。

しょうがないから、Amazonに本を出品した業者に直接メッセージを送った。
商品に不都合があったから返品したいと送ったが、まったくレスポンスなし。
納品は速かったけど、クレーム対応はせえへんという姿勢やね、たぶん。

こういう場合、Amazonは「返品・返金保証」というシステムで対応してくれる。
最後の手段、というやつだ。
こやつを使うことにした。
クレームの内容は妥当であるか、が審査される。

審査はあっさり通って、メールで連絡が来た。
返金してくれるという。
納品された商品は、ユーザ側で処分してくれ、と来た。
なんともドライなやり方である。

処分してくれ、と言われても困るよ。
自分の性格上、こんな本でも捨てるのはつらい。
本当は送り返して、実物を見て反省してもらいたいのだけれど。

わが買い物に、「難あり」。

 

2017/04/06

ペナンブラ氏の24時間書店-->


四月になったばかりだというのに、もう2017年のベストと言える作品を読んでしまった。
『ペナンブラ氏の24時間書店』(ロビン・スローン著、東京創元社刊)である。

たぶんツイッターだったと思うのだけれど、話題にのぼっていたのを見て、読んでみる気になった。
最寄りの図書館のウェブサイトで検索すると、意外にも予約している人の数が少なかった。
しめしめ、まだあまり知られていないのか、と思って即予約ボタンをクリックした。

図書館からメイルで知らせが来て、借り出しに行った。
てっきり新刊と思っていたのに、手垢のついた本だった。
もう少しよく調べていればわかったことだが、SNSで話題になっていたのは、文庫化されたものが発売されたというニュースで、自分が手にしたのは、その元の単行本だったというわけだ。
予約の列が短かったのは当然だ。























単行本は2014年4月発行。
3年前には、その存在にまったく気づいていなかった。
こんなにおもろい本を、当時なぜスルーしてしまったのか……
それは、まあいい。
いま読めたんやから。

1980年代の後半に、印刷の仕事に手を染めていた人間には、懐かしい名前が登場する。
本文では「アルドゥス・マヌティウス」と表記されているが、当時われわれは「アルダス」として、その名を知っていた。

アルダスはコンピュータ用のソフトウェアアプリケーションを作っていた企業で、「PageMaker」というアプリケーションは、DTPソフトのさきがけである。
DTP(DeskTop Publication)という言葉自体、アルダスが作ったものである。
アルダス社の名前が、15世紀の出版印刷人であったアルドゥス・マヌティウスに由来することは、言うまでもない。

何百年も前に亡くなったアルドゥスやその協力者が、もの言わぬ「主役格」として、お話に登場してくるのだから、興味がわかないわけがない。
瞬間的ではあるが、村上春樹、kobo、という名前まで登場する。
本が好きな人、印刷に興味がある人、コンピュータに関わっている人が読んだら面白いと思えるだろう。


 

2017/03/31

ジェイ・ルービンと村上春樹-->


ジェイ・ルービンは知る人ぞ知る、アメリカ人の日文研究者にして村上春樹作品の翻訳者である。
2016年11月の時点で、ハーヴァード大学の名誉教授である。

彼の『村上春樹と私 日本の文学と文化に心を奪われた理由』と題するエッセイ(東洋経済新報社刊)を読んだ。
日本語で書かれたその文章は、まるでネイティヴのようだった。

『村上春樹と…』はルービンの個人的なエッセイで、村上のことを語るよりも、いく分は自分よりのことを多く書いている。
が、アメリカ人の目を通しての日本を、当人の日本語で読むという体験が、面白い。

村上以外の日本人作家の名も多く出てくるのだが、いずれも同時代人ではなく、夏目漱石や芥川龍之介など、前時代の作家のものである。
ルービンが、ある出版社の依頼を受けて、芥川の英訳短編集を編むというエピソードが紹介されている。
その短編集の序文を、村上春樹が担当することになる。
村上はその序文の中で、芥川は日本の国民的作家の一人であると書き、さらに九人(つまり合計十人)を選ぶとしたら……と続ける。

結局、村上は十人目を思いつけずに終わるのだが、彼が「私見で」選んだ九人の国民的作家とは、
・夏目漱石
・森鷗外
・島崎藤村
・志賀直哉
・芥川龍之介
・谷崎潤一郎
・川端康成
・太宰治
・三島由紀夫
である。

うーん、そうくるか。
誰か抜かしている気がせんでもないが、まあ個人的な好みによるところもあるしなあ。
永井荷風はぜったい入れておくべきとちゃうかと思っているわけである。

 

2017/03/20

置いてきぼりの件-->


置いて「け」ぼり、ともいう。

デジタルカメラの撮影画像をPCに取り込むのに、メディアリーダに記録媒体を読み取らせる以上に簡単な方法はないだろう。
iPadでかなりの数の写真を撮っているが、このタブレットは本体から記録媒体を取り外せない仕様になっているので、その方法が使えない。

iPadから画像データを取り出すには、ケーブルでMacに接続し、iTunesを使えばいいのだが、自分のマシンではできない。
使っているiTunesのヴァージョンが古いからである。

アップル社のクラウドサービスであるiCloudに画像データをアップロードしておいて、Macにダウンロードするという手もある。
しかし、これもできない。
OSのヴァージョンが古くて、iCloudに対応していないのである。
この時点で、すでに置いてきぼりにされている。

そこで、サードパーティのサービスの出番である。
Dropboxアプリを利用して、画像データをiPadからクラウドにアップする。
PCではブラウザベースのDropboxで、データをダウンロードするわけである。
これをよく利用していた。


ところが。
今度はブラウザのヴァージョンが古くなって、Dropboxが非対応になってしまった。
OneDriveもGoogleドライブも同様で、またもや置いてきぼりを食うはめになった。
かろうじて、Yahoo! ボックスのサービスがブラウザ経由で使えることがわかったのだが、これとていつまで耐えられるやら。

iPadよ、せめて外付けのSDカードへの書き出し機能を持ってくれ。



2017/03/09

勘違いの名前-->


母の誕生祝いに図書カード一万円を贈った。
ちょうど買いたい本があったんよ、と彼女は言った。
後日見せてもらったその本とは、
恩田陸『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎・1,944円)

ある日、新聞に恩田陸の写真入りの記事が掲載された。
それを母が見て、
「恩田陸って男の人やと思ってたわ」
と言ったものである。

僕なんか、女性とは知っていたけれど、恩田睦(むつ)やと思ってた時期がある。

その類の話には事欠かない。

有川浩は男か、女か。
正解は「女」、読みはアリカワ・ヒロである。
これもヒロシと思っていたことがある。
ヒロと認識できたのはいいが、今度は荻原浩と混同してしまう。
オギワラ・ヒロ、となってしまうのである。
とどのつまりは、ハギワラ・ヒロ。
そんなやつ、おらんから。

作家の方も、わざと読みづらい筆名や性別不詳の名前をつけているのではないかと思われるふしがある。

推理作家の乾くるみ。
れきとした男性である。
薫、なら男でも女でも……という古い常識はあるので性別特定は保留するが、くるみとくれば、普通は女の子と思うでしょう。

日日日と書いてアキラ。
これはもうパズルでしょう。
晶を分割して並べてるんですと。
僕はヒヒヒかと思いました!


 

2017/02/18

ときどき新聞-->


中国の電視台(テレビ)のニュース番組のタイトル画面をみると、
「○○新聞」と表示されていて、違和感をおぼえた。
それは自分が、新聞とは印刷されたものと思い込んでいたからである。
NEWSの漢字訳が「新聞」なのだと気づけば、腑に落ちる。
新聞すなわちニュース(英語の発音は、語尾が濁る)であるのに、日本では紙媒体と電波媒体で使い分けをしているのであった。

日々のニュース、つまり「Daily News」はその名のままの新聞がアメリカにある。
和訳すれば……「毎日新聞」だ!

新聞の月ぎめ購読をやめて、もう何年にもなる。
特段の不自由は感じていない。
実家の母は、どうやら惰性で購読しているようである。
こんなロクでもないニュースばっかり載ってるもんに金払て、とこぼしている。

その母から毎日曜日の朝刊をもらって、貪るように読んでいるのはこの自分である。
主たる目的は、書評である。
自分が読みたくなるような本がとりあげられることはめったにないが、さまざまな知識人が書いている評文を興味深く読んでいる。

月に一度は、朝日新聞の日曜の朝刊を買う。
別刷りの「The GLOBE」を手に入れるためだ。
紙面デザインが気に入っている。
自転車に乗って、鉄道の駅の売店まで買いに行く。
コンビニエンスストアで売られているものには、別刷りがついていない。

朝日新聞も日曜の朝刊に書評欄がある。
他紙と同じ本がとりあげられることもあるが、似たような評にならないところが面白い。
例えば、ピーター・ペジック著『近代科学の形成と音楽』(NTT出版)。
2月5日に五十嵐太郎氏(建築批評家・東北大学教授)が約800字の評を書いている。
毎日新聞1月29日には、中村陽一郎氏(東大名誉教授[科学史])も約1,500字で評を書いているのである。
本のタイトルをふせれば、これが同じ本のことを紹介しているとは、わかるまい。
かろうじてニュートンの名と、天文学・算術・幾何学・音楽という単語が共通しているぐらいである。



朝日新聞・2月5日朝刊















毎日新聞・1月29日朝刊

























いいとか悪いとかの問題ではなく。
一冊を十人が読めば、十通りの読みとり方・十通りの感想・十通りの評価があり得るということである。
書評家Aが絶賛する本を同業者Bはけなすし、Bが激賞した本を一般人Cが読んだら超面白い、とは限らない!



 

2017/02/13

書くのも遅い-->


ジャーナルの更新がなかなかされない、ということである。
このジャーナル(ブログ)も、なんと今年で創刊(開設)9年目である。
初年度180近くあったエントリも、100を切り、50ぐらいになって、これではジャーナル(日誌)とはいえない。
ウェブログの「ログ」にしても日誌という意味だから、いっそ「偏固カジュアル(casual=不定期)」とでも改名しようか。

年間50エントリということは、平均で週一回の割である。
日誌なのだから、どこ行った、何食べたの記録でもいいのだろうが、それでは自分でさえもつまらない。
せめて400字ぐらいは、何ごとか意味のあることを書きたいと思うのである。
すると今度は、書きたい何ごとかが見つからない。
書くのが義務ではないので、ほうっておく。
言い訳を、誰にする必要もない。



 




キートップはUS表示。青黒のペンはスタイラス兼用のBic































そういう訳で書くのは遅いが、実は打つのは速い。
近ごろはPCよりタブレットを使う機会の方が多くなって、ソフトウェアキーボードでの入力をしていた。
キーを打ったという手応えがないのでブラインドタッチができないし、皮脂でディスプレイを汚すのが気に入らない。
そこで、ハードウェアキーボードをiPad miniに装着して文字入力をするようになった。
やはりこちらの方が、かなり効率がいい。
つくづく、PC向きの人間だなあと思うのである。

 


2017/02/12

読むのが遅い!-->


『騎士団長殺し』。
心惹かれるタイトルである。
中世の騎士物語は大好きだし、ミステリとくれば即買いでしょう。
バットゼン、いやBut then,
作者が村上春樹と知れば、おおいに躊躇してしまう。
『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』まではおおいに楽しんだ。
『ノルウェイの森』も読んだが、そこで村上熱は冷めてしまったのである。

今、読み進めているのは、
『[完全版]ビートルズ全曲歌詞集』(スティーヴ・ターナー著/ヤマハミュージックメディア刊)である。
昨年末に公共図書館から借り出して、年をまたいで読み続け、しかしまだ読み終えられず、借りっぱなしの状態なのだ。



A4版変型・352ページ

























他市の図書館の決まりは知らないが、当市では一回二週の期間で本を借りることができる。
その本を他の人が借りたいと思っていないのであれば、つまり予約が入っていなければ、一回限り二週間の借り出し延長ができることになっている。
年が明けて、延長の申請をして受理された。
これは図書館のWEBで簡単に手続きができる。
予約の有無も確認できるのである。

二週間延長したのに、読み終わらない。
なぜそんなに時間がかかるのか。
一番の理由は、集中力がないからである。
もともと読むのは遅い方であるが、今回の本はとくに「読みで」があり過ぎる。

ビートルズの全曲歌詞集、と聞けば英文の歌詞に和文対訳が羅列されたものと想いがちである。
しかしこれは違う。
それぞれの曲ができたバックグラウンドを、でき得るかぎり事細かく書き込んであって、うっかりと読みとばすことができない。
ライナーノーツよりも詳しく、もっと下世話な部分もある。
ビートルズが地方公演先で、どのホテルに泊まったか、そのとき誰女(だれじょ)が一緒でとか、何それを吸飲食したとか……

いわゆる「ビートルズ番」のジャーナリストが、長年にわたって取材した素材を、時系列にそってレイアウトしたものに、歌詞が添えられているといった方がいいかも知れぬ。
一曲あるいは数曲分の解説文を読み、該当曲をiPodから呼び出して、歌詞を読みながら聴くということを繰り返している。
この作業を全曲スルーで行うほどの集中力は、自分にはない。

図書館からの借り出しは、二回目の延長はできない決まりになっている。
そこで、期限が来た日の朝、しぶしぶ返却しに行った。
夕方、また図書館に行って、同じ本を借り出した。
若干の後ろめたさはあるが、ルール違反はしていない。
少なくとも数時間は他人の目にふれるところにあったが、誰も借りなかったのである。

あらたに借り出してからそろそろ二週間。
まだ読み終わらない!
またまた延長を申請するところである。

 

2017/01/30

古本市で売れた本-->


古本市で売れた本(売れた順に)。
『ぼくのミステリ・クロニクル』(戸川安宣著)が1,000円で。
『オシムの言葉』(木村行彦著)は隣の店主ひなさんの本(200円)と等価交換w
『停電の夜に』(ジュンパ・ラヒリ著)が100円で。



Secondhand…の看板は、当日の朝に急きょ制作

長机に横並びの「一箱古本」のお店



29作(重量にして約11キログラム)持ち込んで、はけたのは3冊。
実質的に売れたといえるのは2冊である。
ちなみに、ひなさんとの交換で手に入れた本は、
『ゴー! ゴー! フィンランド』という、フィンランド雑貨を彼の地で買うためのガイドブック。
フィンランドに行くことはまずないだろうけれど、北欧のデザインが写真で見られる楽しい本だ。
元値が1680円もするのを後で知ったが、それが200円とはあまりにも安い。

客層の想定ができていなかったのが、一番の「敗因」。
手作りの品を売るバザー、みたいな催しの中に「一箱古本」を紛れ込ませたために、子供連れの母親とか、近所のおばちゃんが主なお客さんだった。
そこにBT Garage@hencojournal(いちおう店名をつけたのだけれど)がぶつけた販売アイテムときたら……
翻訳のミステリ、SF、冒険小説、そんなのばっかりだから。
コミック本とか時代小説ならまだしも。

だから、まっさきに『ぼくのミステリ・クロニクル』が売れたのは、奇跡にひとしい。
真新しい美本で、今回最も高い1,000円の値札をつけてあった(元値は2,916円)。
買ってくれた神様は、中年の男性だった。
ジュンパ・ラヒリを買ったのは初老の女性、目が高いなあ。
安かったからかなあ。
一箱古本市だけのイベントだったなら、もっと売れたのだろうね。






















他の店で、ネパールの女性が現地で手編みしたというレッグウォーマーを買った。
エスニックの模様と、色合いが美しい。
これに1,500円費やしたので、自分の店の売り上げは吹っ飛んでしまった。

来た時とあまり変わらない重さの荷物を自転車に積み直して、帰る。
11キログラムの荷を、車重11キログラムの自転車のリアキャリアに載せると、完全にリアヘヴィになる。
しかも帰り道はほとんど登りなので、信号待ちで背筋を伸ばしたりすると……
後ろにひっくりかえりそうになった!


 

2017/01/28

一箱古本市出品リスト-->


一箱古本市に出店する。
あふれている本を処分するのにもってこいのイベントだ。
いや、売れればの話だけれど。


 
パックして、POP貼り付け
















略して『USJ』



















出品リスト。
並べて見ると、翻訳ものばかりであるのがよくわかる。
▼冒険小説
鷲は舞い降りた[新旧セット]ジャック・ヒギンズ著
スナイパーの誇り[上下巻セット]スティーヴン・ハンター著
▼ミステリ
ネバーゴーバック[上下巻セット]リー・チャイルド著
最重要容疑者[上下巻セット]同上
61時間[上下巻セット]同上
第三の銃弾[上下巻セット]スティーヴン・ハンター著
ありふれた祈り:ウィリアム・ケント・クルーガー著
解錠師:スティーヴ・ハミルトン著
ポーカー・レッスン:ジェフリー・ディーヴァー著
大鴉の啼く冬:アン・クリーヴス著
アデスタを吹く冷たい風:トマス・フラナガン著
▼ハードボイルド・ミステリ
ドライ・ボーンズ:トム・ボウマン著
酔いどれに悪人なし:ケン・ブルーウン著
▼警察小説
警部補マルコム・フォックス[二冊セット]イアン・ランキン著
ロセアンナ:マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー共著
氷の天使:キャロル・オコンネル
▼SF
ユダヤ警官同盟[上下巻セット]マイケル・シェイボン著
ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン[上下巻セット]ピーター・トライアス著
火星年代記[新版]レイ・ブラッドベリ著
虎よ、虎よ!:アルフレッド・ベスター著
宇宙消失:グレッグ・イーガン著
星を継ぐもの:J・P・ホーガン著
▼大河小説
凍てつく世界[Ⅰ・Ⅱ巻セット]ケン・フォレット著
凍てつく世界[Ⅲ・Ⅳ巻セット]同上
▼企業小説
最後の紙面:トム・ラックマン著
▼短篇小説集
停電の夜に:ジュンパ・ラヒリ著
▼フットボール本
ラストピース:下薗昌記著
オシムの言葉:木村元彦著
▼ノン・フィクション
ぼくのミステリ・クロニクル:戸川安宣著・空犬太郎編



箱に詰めて



















自転車に積む



















 

2017/01/17

タッチパネルに業を煮やして-->


いつか慣れるだろうと思って使い続けてきたけれど、あきまへん。
とうとう、常時キーボードをつけて使うことになったしまった。
それでも、アイコンにはタッチしなくてはならないが、そこはスタイラスを使うわけである。


 


















iPad mini専用にサードパーティが作ったキーボードを、以前買ってあった。
クリップ状になった凹みにiPad miniをはさんで使う。
一体になったところは、あたかもモバイルPCのようだが、本体とキーボードの接続はBluetooth経由である。
キーボード下に充電池が内蔵されていて、USBプラグで給電ができる。

iPad側から認識させなければ使えない、というお約束は他のBluetooth機器の場合と同じである。
つまり、以前にもやったことがあるので、取扱説明書など見ないで認識・接続作業は終えられたのである。




左上隅がホームボタンの代用キー



















かくしてタブレットの一枚完結性は失われてしまったが、入力の確実性が上がり、しょっちゅうディスプレイを清拭せずともよくなった。
iPadのホームボタンの代わりになるキーが左上隅に設定されているので、このキーおよびスタイラスを駆使すれば、電源スイッチ以外はタブレット本体にタッチする必要もなくなるのである。
The Zen of Tablet(Palmの思想を上回る、真のシンプルさ)には到達できそうにない。


 

2017/01/16

お風呂を直して-->


GoogleのFeedBurnerというサービスを使って、ブログエントリをtwitterと連携させてみた。
エントリ後、そのタイトルがtwitter上につぶやかれるようになっているはずなのだが……
はたしてうまく設定できたかは、このエントリを行った後にわかるわけである。


3年に一度、ガス会社の人が器具の点検にやってくる。
有無を言わせずに上がりこんできて、風呂と台所を見るわけである。
コンロのゴム管が古くなっていますから交換してください、とか、
ガス漏れ警報機をつけた方がいいですよ、とか忠告をしてくれる。

拙宅の風呂がここ何年か不調であった。
たきあがりの温度と水位を設定しておけば、自動で湯舟を満たしてくれる。
という便利なお風呂(今ではあたり前か)だったのに、温度も水位も満ちないようになっていたのである。
別途、追いだきというモードがあって、あらかじめ湯舟に水をはってから点火すれば、設定した温度にたきあがる。
それで間に合わせていたのである。

ついでだから、ガス会社の人に不調の原因をたずねてみたら、器具のメーカーと家主にさっそく連絡をとってくれて、その日のうちに修理の手が入ることになった!
気になるのは修理にかかる費用だったのだが、賃貸アパートに付属している器具ゆえ、家主もちになる、ということらしい。
これはありがたや。

というわけで、修理開始。
こんどはメーカーの修理担当者がやってきて、たっぷり3時間かけて徹底的に直してくれたのである。
要は、制御部の不具合の改善で、部品を取り替えたりしたようである。
お風呂も、コンピュータなのであった。




バスタブの横が窯。手前に置いてあるのが制御部




 




















いやあ、もっと早く修理依頼をするべきだった。
修理後の風呂の能力の上がったことたるや。


 

2017/01/13

初期設定


工場出荷時に設定されているものではなく、ユーザが自分の好みでそれをアレンジするものである。
しつけ、というかイニシエイション、というか。

1970年代ごろのラジオは、受信する周波数を手動のダイアルで合わせていた。
文字通りの手さぐりである。
少し高度なラジオには、感度を表示するメータがついていて、そのメータもアナログだから、針がゆれて一番大きくふれるところにくるように、ダイアルを回して合わせていた。

ネットで探したら、他人のブログで古いラジオの画像を見つけた。
引用させてもらう(引用元:55life555.blog.fc2.com/blog-entry-560.html)。
自分が使っていたのと同じ、今はないナショナルブランドのワールドボーイというラジオだ。




見よ、アナログの選局ウィンドウ














専用のキャリーケースにおさめたところ

















当時の中高生の楽しみといえば、深夜放送を中心としたラジオであった。
AMに加えてFM放送が新たに始まって人気が出だしたころである。
親・親せきにもらったお年玉をすべて注ぎ込んでラジオを買った。
今なら3,000円で買えるものが、1万円以上したのである。
そこへ行けば安く買える、というので日本橋(にっぽんばし)の電器屋街まで出かけた。
内気な中学生のくせに、値切ることまでやった。
遠方(いや、そんなに遠くない)から来たとアピールして、帰りの電車賃なくなるから負けてえな、みたいなことを言っていた。

ソニーもワールドボーイと同等のラジオを販売しており、そちらの方がデザインが美しかった。
迷ったすえにワールドボーイを買ったのは、スイッチがかっこよかったからである。
電源スイッチをはじめ主要なスイッチがトグルタイプで、必要もないのにそれらをパチンパチンと倒したり起こしたりして楽しんでいた。

初期設定、の話だった。
ワールドボーイに初期設定は必要なかったのである。
技術は進歩して、ラジオの選局もディジタル(文字式)で行えるようになった。
コンピュータと同様のテンキーから周波数を入力すれば該当放送局の電波を受信できる。
受信した周波数を登録できるようにもなっている。
登録のやり方は、取扱説明書を読まずしてはできない。
そこに書いてあるとおりにやっているはずなのに、うまく設定できないのである。


 

アホでもわかるように書いてくれへんかなあ


















2017/01/09

ポータブルラジオ


ノルウェイではFM放送が廃止されるそうだ。
かの国にはもともとAM放送もなく、今後ラジオはデジタル(DAB: Digital Audio Broadcast)になるらしい。
デジタルラジオはVHF帯、UHF帯、衛星を使うということなので、テレビと同じ帯域で放送されるわけだ。

そんなタイミングで、自分は携帯ラジオを買った。
日本ではまだ普及しないDABはともかく、インタネットでラジオが聴ける時代にどうして携帯ラジオなのか?

それはもう、このガジェットが好きであるということにつきるのではないか。
マニュアルで操作するダイアルや、スイッチボタンがいっぱいついていて、電池切れになったら裏蓋をあけて交換するというスタイルが。




デザインも悪くない


















買ったのは朝日電器というメイカーがELPAというブランドで販売しているもので、大手の量販店よりも郊外のホームセンターで見かけることが多い。
AMとFMが受信できて、本体にスピーカーを備えているER-C65Fを選んだ。
この機種は、イヤホンであればステレオも聴ける。
電源は単3形電池×2本またはACアダプターとおあつらえ向きである。
携帯して外出できるし、アンプに接続してステレオスピーカーからの出力もできるというわけだ。

よく行くホームセンターのKで見かけたER-C65Fには4,980円の値札がついていた。
税込みで5,378円となる。
同じ製品をAmazonで買ったら、3,240円で済んでしまった。
 

これで、おっさん向けのFM CO・CO・LOも聴けるようになる。
ほんとうは静寂の方が好きだが、何か別の音が鳴っていれば耳鳴りをごまかせる、という利点もある。



 
 

2017/01/05

新年


As time goes by.
年が明けた。

平成28年の「今年の漢字」は「金」だった。
我が家にもっとも関係の薄いものである(爆)
簡単に金を得ようとtotoも買い続けているが、当たらない。
「運」もない(爆)

『君の名は。』が流行った理由に、シニア効果というのがあったそうだ。
前世紀に流行ったドラマをアニメ化したもの、と勘違いした中高年者が大勢観に行ったのだ。
ええっ、そうやったんか。
……自分も勘違いをしていた一人である(爆)






















白地に白地の年賀状の画像を貼り付けた。
干支の「酉」の文字が一目瞭然である。
「紙の年賀状はやめます」と宣言してもう4年、紙でしかやり取りできない人たちのために、わずかながら印刷をしている。
その人というのは主に年老いた親戚連中だが、その中には来年から年賀状は失礼するという人も出てきた。
高齢で、賀状書きも億劫になるのだろうか。

年をまたいで読んでいた『紙の城』(本城雅人著、講談社刊)を読み終えた。
ふだんはあまり読まないが、新聞社が舞台の小説であれば、日本人の作品も読む。 
同じ作家の『ミッドナイト・ジャーナル』がよかったので『紙の城』も図書館で借りてきたのだが、期待は外れた。
自分の後に予約の列が10人以上並んでいるので、図書館は閉まっているがポストに返却しに出かけた。


 
 
 

2016/12/22

ダイアルアップ接続に戻る



長年使い続けたYahoo! BBを解約した。
代わりに「格安SIM」を一枚買い足して、それを携帯型の無線ルーターに入れて使うようにしたのである。
その無線ルーターは実家に持ち込んで、古い方のiPad miniで母がインタネットを使えるようにした。
そうしたつもりだったが、うまくいかない。

これまで母は、古いPC(iMac)でメイルのチェックをやっていて、手動でのネット接続やアプリケーションの操作に、ある程度慣れていた。
それがいきなりタブレットに移行するということには、少なからず無理があったのである。
同じメイカーの製品であるのに、ハードもアプリも使い勝手がまったくちがうので、PCで得た経験は活かせない。
せっかくのiPad miniと無線ルーターは、常時スリープ状態となってしまったのである。

母のもとに電子メイルはそう頻繁にはやってこないので、そんなに困ることはないのだが、必要性はゼロではない。
AirMac内蔵のiMacが、無線ルーターに接続できれば解決するのだが、それもできないのである。
しかたなく、PCでダイアルアップ接続する旧態にもどることに……

もともとダイアルアップ接続はYahoo! BBのオプションだったので、解約した今となっては、そのサービスは使えない。
さてどうするか……といろいろ探してみると「アルファ無料接続サービス」(DTI)というものが見つけ
かった。
無料といっても回線接続料だけは課金されるのだが、3分または4分ごとに10円、というリーズナブルなサービスである。
ウェブに公開されている接続IDとパスを入力すると、すぐに開通した。

ついでに、母の年賀状を作る。
ここ何年ものパターンは、写真を全面に入れ、そこに挨拶文をかぶせるというものである。
今回は銀塩カメラで撮ったプリントが原稿だった。
実家にスキャナはないので、デジタルカメラで接写することにした。
iMacに取り込んで、AppleWorksでレイアウトを行ったのだが、処理速度がむちゃくちゃに遅い。
アイテムをカーソル一つ分移動させるのに、およそ10秒もかかるのであった。





メインの絵柄はタスマニア島の鶏




















一枚ずつひろげて、乾燥中!



















 

2016/12/21

まだ終わってない



ファンクラブから原始メールが来た。
応援のお礼に、景品のタオルが同梱されている。
遠藤選手のメッセージが書き添えられていた。
一瞬感動したが、画像がプリントされているのだった。
























今シーズンの応援ありがとうと書かれているのだが、このことに関しては思い出されることがある。
10年以上も前、ガンバ大阪がまだ一度もタイトルを獲ったことのない頃の話。
近くのスーパーマーケットで、当時監督だったN氏と遭遇した。

女友達とおぼしき人と買い物に来て、レジの出口で彼女を待っているようだったが、声をかけた。
そのシーズンは、もう少しのところでリーグ優勝を逃がしていたので、
「残念でしたね、来季はがんばってください」
と言ったのだが、
「まだ終わってないんだけど」
と関東弁で返されたのである。

まだ全日本選手権のタイトル(天皇杯)を獲れる可能性が残っていたのである。
だから遠藤選手にしても、今季が終わったような言葉を書かされつつも、まだ試合が三つも残っているのになあ……と思っているはずなのである。


 

2016/12/16

スタジアムという宇宙船


中二日あけて再びFIFA CWC(クラブワールドカップ)2016を観に行った。
カイロを倍に増やし、膝掛けも新たに用意した。
後者は純正のタータン(つまりMade in Scotland)で使い始めてから30年以上経つが、まったく古びない。

座席は前回よりもう一段上がり、さらに空に近づいた。
この日はちょうど満月で、それが屋根越しに見えていた。
月が23.5度の傾きで徐々に視界の外へ離れていくのを眺めていると、月ではなくて自分がいるスタジアムの方が回転していると実感された。
ちなみに、スタジアムを遠くから見ると、万博公園に着陸した宇宙船のようである。





屋根の間から見る満月























一試合目に5・6位決定戦が行われた。
全北現代(アジア代表)とマメロディ・サンダウンズ(アフリカ代表)が対戦し、
4-1で全北現代が勝って、5位となった。
この試合でも、南アフリカからやって来たと思われるダウンズのサポーターが声援を送っていた。
その数はわずかに40人ぐらい。
試合終了後、全北の選手たちがそのサポーターたちにわざわざ挨拶をしにいったのが印象的だった。
観衆は5,938人。

二試合目は準決勝戦。
アトレチコ・ナシオナル(南米代表)対鹿島アントラーズ(開催国代表)である。
五分と予想していたのだが、0-3のスコアで鹿島が勝った。
ということで、鹿島の2位以上が確定した。
観衆は15,050人。

現時点で鹿島アントラーズが世界第2位のクラブチームであって、これは日本のクラブでは今までの最高位となる。


 

2016/12/12

天井桟敷





海外出張中で来られないI君の代わりに、クラブワールドカップを観戦させてもらうことになった。
てっぺんから逆に勘定した方が早いぐらい、上方の座席だった。
斜度がきついので、崖っぷちに座っているようだ。
そして、すごく寒い。

寒いのは予想していたので、重装備である。
毛糸のキャップで頭部をおおい、GAMBA柄のマフラーで首をぐるぐる巻きにしてある。
コートは米軍仕様の極寒地用である。
使い捨てのカイロが背中に貼り付けてある。
それでもやはり屋根に近いところは、寒かった。

当日は二試合行われた。
第一試合はアジア代表対北中米カリブ代表で、全北現代(韓国)とクラブ・アメリカ(メキシコ)が対戦。
1-2のスコアでクラブ・アメリカが勝った。
観衆14,587人。

第二試合はアフリカ代表対開催国代表で、マメロディ・サンダウンズと鹿島アントラーズが戦った。
0-2のスコアでアントラーズが勝った。
観衆21,702人。

CWCのような大きなマッチをもってしても、このスタジアムは満員にならないのか?
ということである。
交通不便だし、スタンドまで登山のような階段を強いられる、ユーザ・アンフレンドリーなデザインだからか。
ここのいいところは、スタンドとフィールドが近い、ということのみか。
そんなことを知らないメキシコと南アフリカからのサポーターたちの熱意には頭が下がる。
南アで開催されるCWCにガンバ大阪が出場するとしても、自分はそこまで行けないだろう。

二つの試合の間の1時間半、じっと座っていられなくて、コンコースに下りた。
そこは売店に並ぶ人たちや、自分のようにたんに暇をつぶそうとしている人たちでいっぱいで、寒さをしのぐ助けになったのである。

行き帰りの足はMTBだった。
行きはまあまあ、帰りは顔面が凍りそうなぐらい寒かった。


 


2016/12/10

中途挫折の本


冷え込んできた。
できれば、冬眠したい……。

今日は亡父の命日である。
といっても正確な日時はわかっていない。
独り暮らしのアパートで死んでいるのを、年が明けてから発見したからだ。
このニュースはラジオでも放送されたし、新聞の短い記事にもなった。
第一発見者である私が、警察に知らせたためだ。
メディアのネタにされたことを最初は後悔したが、元新聞記者の父が最期に新聞に載るのも悪いことではなかったと自分を慰めた。
ちなみに、父が亡くなって27年が経つ。

平成28年も、もうすぐ終わる。
思い返せばこの一年、読書を中途挫折することが数度もあった。
集中力が衰えたこともあるが、なにより書いてあることが面白く感じられない。
何ページか読んでも文章に惹かれず、そのうち面白くなってくるだろうと忍耐して読み進むが、やはり続かないのである。
以下、挫折リスト。

・エンジェルメイカー(ニック・ハーカウェイ/早川書房)
・図書館大戦争(ミハイル・エリザーロフ/河出書房新社)
・古書泥棒という職業の男たち(トラヴィス・マクデード/原書房)
・活版印刷の本(手紙社)
・古城ゲーム(ウルズラ・ポツナンスキ/創元文庫)
・ゴールドフィンチ(ドナ・タート/河出書房新社)

 

2016/12/06

ぼくのミステリ・クロニクル



四六判上製本・452頁、税込み2,916円






















最近の本には、たいてい帯がついている。
帯は腰巻きと呼ばれることもある。
買ってきた本の帯を、すぐに捨ててしまう人もいる。
自分は、そのままにしておくのだが……

『ぼくのミステリ・クロニクル』は、東京創元社の社長だった戸川安宣氏の自伝である。
空犬太郎というけったいな名前の編集者が戸川氏から話を聞いてまとめたので、口伝(くでん)とも言える。

戸川氏のブログを読むと、この本の関係者として藤波琴代という人の名前が挙がっていた。
文庫本をつぶして、張り子を作っているという。
そんな張り子のことは『…クロニクル』の本文では言及されていないのだが……

帯をとってみて、張り子の謎は解けた。










後見返しに折込まれた帯の下に、文庫張り子が隠れていた。
戸川氏の立体肖像である。
ブログの一文を目にしなかったら、気がつかずにいただろう。


 

2016/12/05

市の広報を読む



「中核市」というのは、地方自治体に格差をつける制度である。
これに指定された自治体は、都道府県の事務権限の一部を移譲されることになっている。

豊中市は中核市に移行します、と市が広報で発表したのである。
多くの市民が中核市についての知識をもっていなかった。
「とよなか」が「ちゅうかく」に改名するのか、と思われたそうだ(笑)


























「広報とよなか」は優れた情報誌である。
すっきりしたデザインで、とても読みやすい。

公民館でビブリオバトルが行なわれることを知った。
5人が各1冊の本を5分の持ち時間で紹介するゲームである。
20人の観覧者とのディスカッションを行なわれ、5冊の中から1冊だけ「チャンプ本」を選ぶ。
バトルとはいうものの、相手をこきおろしたりはしないそうだ。
話すのは不得手なので、観覧する方で参加してみることにした。

一箱古本市の出店者にも応募した。
みかん箱一個分の古本を持ち寄って売る、という企画である。
箱の大きさに確たる規定はなく、木箱でも段ボール箱でもいいみたいだ。
処分したい本がいっぱいあるので、自分の趣味で集めた本が売れるか、やってみよう!


 

2016/11/14

『鷲は舞い降りた』オリジナル版


ハシゴ高村薫は小学校の三年先輩だった。
その事実を知る前に読んだ作品の舞台が近所だったから興味を持ったのだが、内容には感心せずに読み終わってしまい、それ以後一冊も読んでいない。
失敬な後輩である。




















『鷲は舞い降りた』オリジナル版の古本をAmazonで買った。
本体1円プラス送料257円、ドローン便で配達された。
というのは嘘で、メール便で届いた。
二つの版を比較するために実際に一字一句を読み合わせたわけではないのだが、短時間のうちに数点の相違を発見した。

登場人物のうちオリジナル版でリタァ・ノイマンだった名が、完全版ではリッターと変更されている。
同様にヴァルタァがヴァルターに、というように音引きを極力使わない「菊池光(みつ)節」がゆるめられている。
ウィロビイ卿はウィロビー卿とはならず、サー・ウィロビイになった。
アイルランド語で書かれた本のタイトル〈THE MIDNIGHT COURT〉が『ザ・ミッドナイト・コート』とカナ表記に変えられている。
完全版で『「カイエド・ミラ・フォルチャ」デヴリンがいった。』がオリジナルでは『デヴリンがなにかいった。』とごまかされていて、それがアイルランド語で「十万回の歓迎」であるという説明を、オリジナルでは「歓迎十万」としている点が違う。

登場人物のその後が物語のエピローグとして付け加えられているのが「完全」たる所以なのだが、この部分がなかったとしてもオリジナル版は不完全ではない、と断言できる。

組版は、完全版が一頁41字×18行(738字)であるのに対しオリジナルは43×20(860字)。
文字の大きさは前者が約12.7級(10ポイント相当)、後者は約11.3級(同・9ポ)である。
完全版は活字が大きく読みやすいというふれこみの〈トールサイズ〉だが、個人的官能としてはオリジナルの方が読みやすかった。


 

2016/11/11

入稿スタイル



『毎日新聞』2016年11月9日朝刊




















そうか……林真理子は原稿を手で書いているのだな。
手書きの原稿をファクスで入稿しているのだろうか。
そのことは作家自身のスタイルだからよし、としても新聞社側の担当者たち(入力・校正)は情なか。

ある人は、ワードプロセッサで打ち出したものをファクスで送稿していたらしい。
出版社がそれをまた入力し直しているという無駄を知って、データ入稿に切り替えたという。
目黒考二(北上次郎)だったと思うのだが、定かではない。


 

2016/11/10

『鷲は舞い降りた』完全版


『本の雑誌』に投稿したけれど、ボツになった原稿を復活。
 
△偏固ジャーナル忘月。
今さらやけどジャック・ヒギンズ『鷲は舞い降りた[完全版]』を読んだんは、久しぶりに菊池光節を読みたかったからと、完全版てどやさという興味からである。

比較対照するべきオリジナル版が手元になく、図書館にもなかったので、ミニヴェロ(20インチのロードバイク)を駆ってダウンタウンへ探しに出かけた。
吹田・江坂駅前のBOOKOFFを襲うもヒギンズ作品はまったく姿なし。アシーネの大本と言うべき江坂店へ移動、次いでリブロへとジグザグに歩く。
新刊書店に絶版本があるはずもないがヒギンズもない。
再びロバぢゃなかったヴェロにまたがって北上次郎。
ホクジョウやっちゅうの(南下ゆうてけつかる!)

襲撃目標は天牛書店。
ここが最後の頼みだったのに、まさかのノー・ヒギンズ。
予定になかったポーラ・ゴズリング『逃げるアヒル』(ポケミス版)を買ってしまった。
これはスタローン主演『コブラ』の原作本。
棚の別べつの場所に二冊あったので値段を確認すると、同じ版ながら百円と百五十円だった。
高くて美しい方を買う。
この店で物色していて危険なのは、自分が以前売ったのを忘れている本がいまだにあって、趣味に合うのでまた買ってしまうことだ(爆)。
平成四年の『小説新潮』臨時増刊を見つけ、これも買う。
内容はAll about Shiina、表紙はミラーコートの裏使い。

ヒギンズはいったんあきらめて店を出る。
帰り道沿いに直木賞作家の家があるのでひやかす。
友人(同い年)の姉さん(三つ年上)が同級生だったというんで、作家が同じ小学校の先輩だと後年わかった。その作家とは……

(武田伴兵衛・続きはWEBで59歳プラス1・豊中市) 


2016/10/30

ガンバさよならゲーム






















Jリーグからはがきが届いた。
国際部では、不要になったレプリカユニフォームやコンフィットシャツをスリ・ランカの子どもたちに贈るという活動をしていて、それに協力をしたお礼だった。
ガンバ大阪の2013年のレプリカ(背番号12)とコンフィットシャツ(同・39番USAMI)を送ったのである。

10月29日土曜日はJリーグ1部・第2ステージの第16節がエキスポフットボールパーク(吹田スタジアム)で行なわれた。
ガンバ大阪が、ホームにアルビレックス新潟を迎え撃った。

この日は14:02キックオフのデイゲーム。
MTBにまたがって、11:20に出発。
応援用に着込んだレプリカは、ガンバが最も強かった2014年ヴァージョンのものだ。




「崖っぷち」の新潟はサポーターも必死の応援態勢




















最近には珍しく、アデミウソンが得点して先制。
しかし新潟もCKからラファエルシルバが得点して1-1。

後半になって試合は荒れる。
ラファエルシルバが2回目の警告を受けて退場処分となる。
ガンバは攻め込んでPKを得て、遠藤が決めて2-1。
遠藤は通算100得点を達成。
アシストも100を達成しているので、両方でのセンチュリオンは彼だけだ。

1点リードしていたら、そのまま勝ち逃げしようとするのが、ガンバの悪い癖だ。
負けるとJ2への降格の危険性が高まる新潟も、必死に攻めてくる。
試合時間90分を経過したが、追加時間が6分。
その6分の間に、レオシルバが警告を2回受けて退場処分となった。
その際のタイムロスがさらに加算され、なおも試合は動いた。
新潟ゴール前の密集地帯から、ガンバの呉屋が蹴り込んで3-1。
その直後に終了のホイッスルが吹かれた。
フットボールには珍しい、さよならゲームだ。

リーグカップの決勝(対浦和)といい、この日のゲームといい、やったらできるのである。
つまり、普段は手を抜いている、ということがどうにも腹立たしい。
ディフェンスに戻ってきた岩下と呉宰碩(オジェソク)の出来はよかった。

ホームで試合が行なわれるのはこの日が最後。
試合後のセレモニーで挨拶に立った遠藤が
「来年の元日はスケジュールを空けておいてください」
と言ったものである。
その日、全日本選手権大会の決勝戦が吹田スタジアムで行なわれる。
ガンバはそのフィールドに立てるのか。
そして、天皇杯を獲得することはできるのか。


 

2016/10/25

ポールの告白をおすすめ


ほんとうは『本の雑誌』への投稿用に書いたものだけれど、規定文字数におさめられなかったので、こちらに掲載。
ウェブログ用に改行を増やした。

その「おすすめの一冊」とは、
『ポール・マッカートニー 告白』
ポール・デュ・ノイヤー、奥田祐士訳/DU BOOKS

といっても、おすすめする対象は、マーケティング用語でいうならば非常に小さなセグメントである。
おおむね60歳以上のビートルズファンで、かつポールが一番好きという偏固な人だけだ。
当然だけれど自分がそれに該当する。

ファンのはずなのに知らないことが多すぎるのは、相手が外国にいる人だからだろうか。
著者はマッカートニーを縮めてマッカと呼んでいるのだが、そんなの初めて聞いた。
名前が同じポールだから、あえてそう呼ぶのか。




他にもっとましなショットあったやろうに……


























著者のポール・デュ・ノイヤーは1954年リヴァプール生まれ。
音楽雑誌の記者として、マッカと何度もインタビューし、取材し続けたものを「リミックス」したのが本書である。
原題が「Conversations with McCartney」なので「告白」よりは「対話」といった方がふさわしい。

構成が複雑である。
著者の文章の中にカギ括弧でマッカの言葉が挿入されているかと思えば、括弧なしで過去のインタビューが続く。
リミックスされているので、インタビューの時系列は前後していることがある。
もちろん、空行を設けたりインデントするなどの配慮はあるが、それでも幻惑させられる。

読み始めたころ、文字に濃淡の差のあるのが気になった。
頁によって印刷インクの盛りが多かったり少なかったりしているような感じである。
よく見ると、マッカの発言部分はフォントのウェイトが大きく(=太く)してあったのだが、地の文と比べてL(Light)とR(Regular)ぐらいの僅差なので見分けがつきにくい。
M(Medium)で差をつけるか、別書体にした方が読みやすい。

この本の中には何百という曲名が登場するが、その大部分のレコードが個人コンピュータおよび携帯プレイヤーに入っている。
読みながら曲を検索し、聴きながらまた読む、という非常に楽しい経験をした。
これがもし電書なら、曲名部分をタップして音を出すということは可能なのだろうか。

おすすめのはずなのに、褒め言葉を書かずに終わるとは何たるちゃ。
ポールファンはぜひとも読んでください。

(武田伴兵衛・Nowhere Man 59歳プラス1・豊中市)


 

2016/10/14

本の雑誌2016年11月号



表紙デザインのクレジットは和田誠だが……

























『本の雑誌』第401号を買ってきた。
表紙のデザイン、そろそろ変えたらどうかな。
内容を紹介する手描きの文字が、本の雑誌のイメージをつぶしてる。
沢野ひとしの文字のような味がない。
今号などは「北」の文字に線を書き足して直してあるのがまるわかり。

そもそもは沢野ひとしがカバーイラストにつけた文字に似せて、別人が書いていたものが、だんだん本人の筆跡に近寄っていったということだろう。
フォントにするべきである。




























「三角窓口」というのが読者投稿欄である。
役所のカウンターに立っている三角錐?のパイロンを想像していたこともあったが、実際は仕切りの板にあいた穴が三角形になっているイメージ(by椎名誠)であるようだ。
もっぺん書くけど、業界内幕ものは面白い!
という見出しは、編集部がつけてくれたものだ。
今回採用された原稿は、翻訳出版に関するショートエッセイ。
毎回400字を目標にして書くのだが、たいていオーバーして600ぐらいになる。
修行が足りん。


 

2016/10/13

カメムシの秋


秋口から、カメムシとの戦争が始まった。
ヤツは真上から見ると盾のような形をしていて、頑丈そうである。
思いもしない、アパートの壁の狭い割れ目や、窓枠の隅に張りついていることが多い。

ある時は網戸の隙き間から、室内側に侵入していたヤツがあった。
またある時は、干してあった布団に張りついたヤツに気づかないまま取り入れて、その上で一晩寝てしまったことがある。
翌朝布団をあげると、ぺちゃんこになったヤツが現われてギョっとなったのだが、きれいに処理することができた。
悪臭も発生していなかった。

あまりに数が多いので退治を試みる。
しかし、普通の殺虫剤は効かない。
ゴキブリ用のも効かない。
ひょっとして昆虫の姿を模した超小型の宇宙船ではなかろうか。
(SFの読みすぎや……)

そこで「冷凍殺虫」をうたったのを買ってきた。
これが効く。
3秒ぐらい吹き付けるとヤツは真っ白になって動かなくなる。
解凍されたら再起動するのでは、と恐れたが大丈夫だった。

調子にのってヤツを追っかけていると、冷凍ガスがすぐになくなってしまう。
一缶1,000円ぐらいもするのが玉にキズだ。


 

2016/10/08

電子工作の秋


部品をネットショップで購入した。
小さなモノたちなので「ネコポス」で送ってくれるという。
これの便利なところは、ポストに投函したことをEメイルで知らせてくれることだ。
拙宅のように郵便受けまで4キロも離れている(ウソ)場合は、とても助かる。



ネコポスの姿


お店からのメッセージが箱の裏に……



今回の購入品は、Arduino互換で、しかもBluetooth LE搭載のマイコンボードである。
それに加えてLEDマトリクスを制御するための二次ボード、配線に利用する銅箔のテープも。

自分が思い描いているとおりのものができ上がれば、LEDによる電光のメッセージを、iPadからコントロールできるようになる。
無線で、である。
ほんまにできるんやろうか。
パッケージに印刷されたメッセージにはこうある。
「秋の夜長の電子工作 時間はたっぷりありますよ」


 



2016/10/07

翻訳専攻


『本の雑誌』2016年11月号(10月11日発売)に拙稿が採用された。
発売前なのに、なぜそれがわかるのか?
WEB本の雑誌(webdoku.jp)に新刊予告が出るのだが、読者投稿欄『三角窓口』を紹介する見出しに拙稿の一節が使われていたからである。

「もっぺん書くけど、業界の内幕話は面白い!」
というのがその一節だが、今回のショートエッセイのテーマは翻訳出版なのである。
HカワとKカワの版権争いやら、今は亡き翻訳者の話やら……

 

2016/09/29

65歳の新人賞受賞作


図書館で翻訳小説の棚を渉猟していて『記者魂』というタイトルを見つけた。
早川のポケットミステリで、MWAの最優秀新人賞受賞作だ。
作者はブルース・ダシルヴァ、当時65歳の元新聞記者である。
翻訳からすでに5年経っている。
小説にしろ映画にしろ新聞社が舞台のものが好きなのに(例えば『大統領の陰謀』『クライマーズ・ハイ』)、チェックできていなかった。

『記者魂』の原題は、Rogue Island。
訳せば「ならず者の島」となるが、これは作品の舞台となるロード・アイランド州の仇名ということである。
記者魂ときけば普通は、ニューズソースは明かさない、権力に屈しない、正義を貫く、などの言葉が想起されるが、この作品にそれらを期待すると裏切られる。
ダシルヴァの小説は今のところ『記者魂』一冊で、本国で二作目が出版されたという情報も得ていない。
65歳の処女作で新人賞を受賞して、そのまま終わるのか……?

〈ちょっとネタばらし〉
主人公の記者が情報を得るために複数の偽名を使う。
ジェブ・スチュアート・マグルーダー
チャック・コルソン
ジェイムズ・W・マッコード
それを手伝う後輩記者にはゴードン・リディの名を騙らせる。
「それにしても、ゴードン・リディって誰なんです?」
と若い記者は訊くのだが……
この件り、解説も訳注もないので本ジャーナルが独自に伝えるのであるが、いずれの名も、かのウォーターゲイト事件に関与した人物のものである。
若い記者がそれを知らないという設定は、作者が記者の資質を卑下したいがゆえか、ウォーターゲイト事件が忘れ去られていることを暗示したいがゆえか。

 

2016/09/26

トム・クルーズのSF


気まぐれなブログ。
九月はこれでやっとこさの2エントリーだ。

アメリカンフットボールのプレイに「Hail Mary」と呼ばれるものがある。
タッチダウンを狙って、ロングパスをエンドゾーンに投げ込むのだが、この時に攻撃側のレシーバー(複数)とディフェンダー(同)が両手を天(実際はボール)に向かって差し伸べる様子が「マリア様に幸いあれ(Hail Mary)」と言っているように見えるのである。
ちなみにHail Maryはラテン語では「Ave Maria(アヴェ・マリア)」となる。

『オブリビオン』という映画のソフトが手に入ったので観た。
どんな突飛なイメージもCGで描くことができるようになり、SF映画の内容がよりリアルになったことに感心する。
この映画の主演者はトム・クルーズだ。
『ミッション:インポッシブル』とか『ジャック・リーチャー』とか、いろいろ演る人だ。
桜坂洋の原作を映画化した『オール・ユー・ニード・イズ・キル』にも出ているが、これもSFだ。
意外に出演料は安いらしい。
だから本数をかせいでいるのかな?

『オブリビオン』では架空のスーパーボウルの試合を主人公が語る。
試合終了間際、クォーターバックが逆転を狙うロングパスをエンドゾーンに向かって投げる、というシチュエーションだ。
「観客総立ち」と吹き替えられるのだが、実際の台詞は「Hail Mary」なのである。
翻訳者はアメリカンフットボールを知らない人だったのか、知っているけれども吹き替え用の訳に窮したのか。
QBがロングパスを投げた、ヘイルメアリーだ! ですむところを、知識のない人にもわかる短い言葉で伝えなければならないのだから、仕方のないところだろうか。
「選手が天を仰いだ」ぐらいの訳が欲しかったな。


 

2016/09/11

ガンバ大阪オフィシャルマガジン


2016年9月10日土曜日。
Jリーグ1部第2ステージの第11節のマッチデイ。
エキスポフットボールパークではガンバ大阪対甲府の試合が開催された。

試合前、隣接する商業施設「エキスポシティ」内のツタヤ・ブックストアでガンバ大阪発行のオフィシャルマガジンを買う。
#Gambagram(ガンバグラム)という企画ページがあって、ここはツイッターやインスタグラムを介して読者が写真を投稿する場所である。
taqueda11(タケダイレヴン)という名でツイートしたものが採用された。



通称「Gマガ」第62号の表紙

























銀屋根が影をおとすバックスタンドを写している




















1階のスーパーマーケットで飲食料を買ってスタジアムへ。
クラブのスタッフが誘導するのを無視して、近道を行く。
Jリーグのアドヴァイザーである夏野剛氏も言っているのだが、駅からスタジアムへの道は、あまりにも遠い。

ガンバ大阪対甲府戦。
0-1から逆転し、2-1でガンバが勝った。
ひさびさにフットボールらしいものを観た。