2019/10/22

リアルショッピング


デジタルカメラで日常的に写真を撮るようになって、画像データが「ハンパない」量になってきた。
撮影画像は各カメラ(DSLR、コンパクト、iPhone)から取り出して、PCの内蔵HDに保存している。
デジタルカメラからは物理的に取り出せる(記憶メディアを抜く)が、iPhoneからはクラウドを経由して行なう(いずれiPhoneからは「ファイル」経由で読み出し可能となるはずである)。

画像のデータ群がハードディスクの容量を、かなり大きく侵食してきたので、外付けHDDの新規購入に踏みきった。
外付けで、かつポータブルである。
こういう買い物は、ネットで間に合う。
価格.comでチェックして、メイカーのウェブサイトで調べて、ネットショップに発注すれば事足りる。
検討の結果、Logitech製のものに決めて、Amazonに注文した。
納品まで十日近くかかってしまうのは、プライム会員への勧誘を断わりつづけているからだ。




過日、植松奎二展を観に行った。
神戸出身の彫刻家で、彼の作品カタログの制作に関わったことで、知り合った。
物理の法則を、石や金属を使って表現する作家である。
という説明は簡単にすぎるが、一端を表わしている。


作家インタビュウのビデオ画像が流されている

ストーンヘンジの写真と石のドローイングを組み合わせた作品


エッフェル塔と石のドローイングのコンビ


昼休み中だったギャラリーを、無理をお願いして開けてもらい、たっぷりと鑑賞させてもらった。
その帰り、久しぶりに大阪・ミナミに行く。
30年ぐらい前に心斎橋で買ったN-3Bは、昨年まで現役だったのだが、ついに朽ち果ててしまった。
冬に備えて、新たなN-3Bを求めるツアーである。
N-3Bは、アメリカ軍の定める仕様にしたがって、いろいろなメイカーが作っている。
たとえば、ALPHAとかAVIREXが有名どころである。

N-3Bは手に入らなかった。
紺色が欲しかったのだが、今年は製造されていないという店員の話だった。
ALPHAも、AVIREXもである。
(何てこった……来年は作るのか?)


たまたま見かけた「UBER eats」の配達員


CONVERSE ALL★STAR




諦めて、心斎橋筋をぶらぶら歩く。
ショートブーツを求めて、ABC-Martに入る。
外国人客でいっぱいだった。
ブーツは気に入るものがなかったが、CONVERSEのスニーカーを買った。
黒一色のALL★STARである。
24.5センチと25.0を試し履きして25.0を選んだ。
ネットショッピングでは、こういうことはできない。


心斎橋から梅田新道へ。正面のビルに「wework」のロゴ

 

2019/10/12

本の雑誌11月号




超大型台風19号の恐怖に慄きながら、自室でブログ書き。

今月の読者アンケートに拙稿が採用されました。
お題は「私の偏愛タイムトラベル小説」です。

タイムトラベル小説といえば……
まず思い出すのは、ロバート・A・ハインラインの『夏への扉』です。
非常に多くの人に愛されて、Tatsu Yamashitaの歌曲にもなっている有名な作品です。
それをアンケートの回答にはしていません。

11月号から新たに連載される企画「SF音痴が行くSF古典宇宙の旅」では、ふだんSFを読まない高野秀行さんが、SFに挑戦します。
12月号の連載第2回では、その『夏への扉』について書くそうなのですが……
福島正実訳版を読むのか、小尾芙佐訳版を読むのか?

両方を読んだ者として、あくまで個人的意見であるが、福島訳の方を好む。
古いのだが、小尾訳とて新味があるわけではないのである。
同じ版元から新訳として出した意味が、まったく分からない。
高野さんが、どちらを読むのか、興味津々である。

新訳といえば、三角窓口への投稿で試飲販売人の田村さんが、マルティン・ベックの新訳のシリーズが途絶えてしまったことを嘆いている。
こちらの場合も同様のことが言える。
「ロゼアンナ」(高見浩による旧訳)と「ロセアンナ」(柳沢由実子による、原語版からの新訳)を読み比べたが、新訳が旧訳より、いいね!とは思えないのである。
旧訳(高見浩)が、英語版からの重訳であったとしても、である。
結局、売れないので、版元はシリーズを途中で打ち切らざるを得なかったというわけだろう。

売れているのは(売れているのか?)村上春樹によるマーロウ・シリーズの新訳ぐらいではなかろうか。
 

2019/10/11

脱・絶対ニコン主義


カメラはニコン。
そう思って、何の疑いもなかった。
一眼レフカメラで本格的に写真を撮るようになったのは大学生の頃だから、それ以来40年以上のニコン党だったことになる。

途中、デジタルカメラが出現したときに、キヤノンのPowerShot 350を使っていたことがあるが、当時ニコンがまだコンパクトデジタルカメラを販売していなかったか、あるいは高価で手が出なかったかだ。

そもそもニコン党になったのは、機材を父親と先輩から受け継いだからである。
新聞社に勤めていた父は、写真部の古いNikon Fを払い下げてもらって使っていた。
取材で酷使されたそのカメラは、ペンタが凹み、ペイントも剥げハゲだった。
また、同じ高校の先輩が報道カメラマンをしていて、彼から譲り受けたNikomatが、初めての自分専用機となった。

初めて使ったレンズはNikomatに装着されていたNikkorの35ミリ[広角]で、主に風景を撮るのに使った。
当時、風景以外にスポーツシーンを撮りたいと思い、135ミリ[望遠]を追加購入した。
135ミリをときどき父に貸し、代わりに55ミリ[マクロ]を借りる、というようなこともあった。
やがて父が亡くなり、彼のカメラ資産を引き継ぐことになったのである。

これはすなわち、Fマウントの呪縛でもある。
ニコン以外のカメラに乗り換えるということは、Fマウント対応のレンズたちが使えなくなるということを意味する。
そもそもニコンが選ばれる理由は、レンズが優秀だからであって「乗り換え」の必要性は低い。

ニコンのデジタル一眼レフカメラ(DSLR)が発売された時は、嬉しかった。
FマウントのNikkorレンズが使えたからである。
D70という機種の購入を検討したが、ボディサイズが大きくて手になじまず断念。
その後、小さくなったD60を、ボディだけ買った。

気軽にスナップ写真を撮るために、コンパクトタイプのデジタルカメラ(コンデジ)も買った。
ニコンのレンズが付いているから信頼できる、コンデジもニコンを買っておけば間違いない、というのがその理由である。
コンデジは固定レンズであり、交換はできない。
更新するときは、レンズごと行なう。
されば、新しく買うコンデジは、必ずしもニコン製である必要はないことに気づいたのである。

そうして行き着いたのがソニーのRX100だったというわけである。
このコンデジに、ニコンに優るとも劣らぬZEISS(ツァイス)のレンズが搭載されていることが購入の決め手となった。
最近、ニコンはZマウントのカメラとレンズを開発・販売するようになった。
このこともまた、Fマウントの呪縛からの解放を促すことになったように思えるのである。
次にDSLRを買うことがあったら、ソニーのαを選択するかもしれない。

2019/10/10

感服ジョー・ネスボ


いやはや、すごい作家がおったもんだ。
私がそう感じているだけかも知らんけど。




ノルウェイのジョー・ネスボのことである。
『スノーマン』という旧作(2013年/戸田裕之訳/集英社文庫)を読んで、圧倒された。
読者の首根っこをつかんで、あっちこっちと振り回し(相撲に「とっくり投げ」という技がある)驚くような結末へと引っぱっていく。

『スノーマン(雪だるま)』はオスロ警察の刑事であるハリー・ホーレが主人公の警察小説シリーズで、現在までに8作書かれているうちの第7作目である。
邦訳はシリーズ第3作の『コマドリの賭け』(2009年/井野上悦子訳)が最初で、翻訳のシリーズによくあるように、必ずしも本国での出版順には従っていない。
『コマドリの賭け』は、その後集英社文庫に「移籍」して、2013年に訳者が戸田裕之に交替して『スノーマン』が出る。
3作目の次が7作目、とまるでサイコロを振って決めたかのような順番である。

つまり、シリーズの邦訳2作目が『スノーマン』で、この作品はヒットしたのだろう。
その後、シリーズ第1作の『ザ・バット 神話の殺人』(2014年)からは順当に邦訳が出ている。
(ただし第2作は未訳)

第3作『コマドリの賭け』(2009年)、第4作『ネメシス 復讐の女神』(2015年)、第5作『悪魔の星』(2017年)を「オスロ三部作」と呼んでいるようだが、シリーズの舞台の中心がオスロであることを考えると不適当(菅式に言えば「まったく当たらない」)である。
あえて「プリンス三部作」と呼んだらどうだろうか。

プリンスが片付いてしまったら、オスロ警察もさびしくなるのではないかと思っていたら、さにあらず。
第6作『贖い主 顔なき暗殺者』(2018年)でもまた、ネスボ-ホーレは難事件を読者の目の前で捜査、解決していくのである。
警察は、常に忙しい。
第6作までを順番に読んでから『スノーマン』(2013年)を読まないと、あっと驚く展開にはならない。
なぜか。
当然ながら、詳しいことは書けない。

ホーレのシリーズは2019年、8作目『レパード 闇にひそむ獣』が出たところである。
 

2019/09/24

秋の彼岸


台風17号が接近してきて雨を降らせると予報士が言うものだから、土曜日にするつもりだった墓参りを金曜日に変更した。
ちょうど彼岸に入った、その日である。
同じブログで、また墓参の話である。

いったい何度、墓参に出かけているのか。
まず、正月。
元日は実家で祝い、二日に墓参および初詣に行くことが多い。
次いで、春の彼岸。
ちょうど大相撲の大阪場所が終盤戦の頃だ。
そして、盛夏の頃の盂蘭盆。
暑さとの闘い。
最後に、秋の彼岸。
合計して、年に4回である。

30年ぐらい前は、毎月墓参していたこともある。
勤めていた事務所の用事で毎月、寺の近くに行っていたついでである。
仏教に対する信仰の心は、あくまでも薄い。
他の宗教にも、あまり関心はないのだが、仮に履歴書に宗教の欄があったら「フットボール」と書くだろう。

それはともかく。
跡取りがいないということで、我が家の墓の行く末が知れる。
考えるのは「墓じまい」のことである。
墓を建てるのも一大事、しまうのもまた一大事。
墓が転売できればいいのに、と思ってしまった。
 

2019/09/11

キャッシュレス決済


意外にも、決済のキャッシュレス化は進んでいないらしい。
物を買って代金を支払うのに、現金を使う人が、まだまだ多いということである。
意外にも、と書いたのには理由があって、個人的にキャッシュレス決済を応援しだしてから20年以上が経ち、かなり大きな割合で浸透していると思い込んでいたからである。

1989年4月に消費税が初めて導入された。
その当時の税率は3%で、店での支払い時に、まず金額を計算するのが大変で、次に1円単位の小銭を財布の中から選り出す作業が億劫であったことを、思い出す人も多いだろう。
金額の計算はレジスター任せにできたとしても、小銭との「格闘」は、払う側とお釣りを返す側で頻繁に起こっていたのである。
キャッシュレス決済は、この格闘から我々を解放する妙手だと思っていた。

3%の暗算に慣れきった1997年4月、消費税率は5%に引き上げられた。
税額の暗算は、かなり楽になったが、1円単位の支払いがなくなったわけではなかった。
同年10月、神戸市で行なわれた「VISA Cash(ヴィザキャッシュ)」の利用実験に参加した。





(ヴィザキャッシュというネーミングは「電子マネー」を標榜していると思われる)
VISA Cashが使えるICカード(接触型、後述)を3万枚発行し、11月末までに総利用金額1千8百万円を記録した。
非常にスムーズに買い物(決済)ができて、利便性が実証されたと確信した。
知人・友人・家族にも「これええで!」と吹聴した。
……しかし、確信したのは己ばかりなり、その後国内市場への導入は見送られた。

ちなみに、VISA Cashには「Reloadable」と「Disposable」の2種類があり、前者は銀行口座から一定金額を補充できるタイプ、後者は使い捨てのプリペイド式であった。



イヴェントに協賛して普及を図る





同時期に、プリペイド式の電子マネー「BitCash(ビットキャッシュ)」も出現、現在も流通しているようである……


1000クレジット=1000円に相当



それから7年経って、関西では「PiTaPa」が登場する。
非接触型のICカードを利用し、カードと読み取り専用端末(リーダ)間で短距離の通信が行なわれる仕組みである。
PiTaPaカードを入れたままの財布を、鉄道の改札口に設置された端末に「ピタッと」タッチすると、乗降のデータが「パッと」記録され、1か月分まとめて指定口座から引き落とされる「ポストペイ」式である。
鉄道だけでなく、リーダを設置した店舗や自動販売機で使えるようになって、普及した。

非接触型という文言は誤解されるが、ICカードをリーダに挿入する式が「接触型」であるのに対して、挿入不要という意味で「非接触型」と呼ぶようである。
すなわち、読み取り端末にタッチする必要があるにもかかわらず、非接触型と呼ぶので誤解される。
非接触型には通信距離の長短によって密着型(距離2mmまで)近接型(同10cmまで)近傍型(70cmまで)遠隔型(70cm以上)の4タイプがある。

現金を持ち歩かない(そもそもお金がない)自分には、PiTaPaで買い物ができて便利であった。
加えて、スーパーマーケットでもコンビニエンスストアでもクレジットカードが使えるようになり、世間的にもキャッシュレス決済へのハードルが下がったものと思っていたのである。
 

2019/09/04

携帯カメラ


インスタグラム(Instagram)が爆発的に流行りだしたのは、携帯電話にカメラが搭載され(写メールという言葉ができた)、スマートフォンに進化してアプリが搭載されるようになったからだ。

写真を撮った、その機械から直接Instagramへとアップロードできる点は、非常に便利である。
カメラと無線伝送システムを内蔵した機械が、シャツの胸ポケットに収まるサイズなのだ。
多くの一般人に使われる所以である。

一般人以外のカメラを趣味とする人にとっての不満は、スマートフォン搭載のカメラのレンズは小さいということだろう。
DSLR(ディジタル一眼レフ)の撮影画像と比較してみると、画質の違いは一目瞭然である。
画質の良さを追求するならば、レンズは大きい方がいい。
当然、スマートフォンよりレンズの大きい単体カメラを選択することになる。

偏固ジャーナル子の選択が、SONY Cyber-shot DSC-RX100であった。
DSLRではなく、いわゆるコンパクトデジカメである。
本体は煙草のパッケージぐらいの大きさで、胴体にツァイス(ZEISS)製のレンズが直付けされている。
レンズ部の外径は、およそ49ミリメートル。
レンズの出っ張りを含めて、カメラの厚みは約5センチメートルである。
シャツやズボンのポケットには収まらない(ジャケットのポケットなら、なんとか)。

シャッターチャンスが多々ある中、ディジタルカメラを携帯しなけりゃ意味がない。
というわけで……RX100を身につけている。
ネックストラップを装着して、首から提げているのである。
ちょっとカッコ悪いけれど(カメラ小僧みたい)撮影する態勢としてはベストである。




Instagramに執心しているわけではないけれど、撮影データを伝送する手だては講じてある。
それが、TOSHIBAのFlashAirである(有村架純がCMに出演)。








スマートフォンに専用アプリをインストールしておき、カメラに挿入されたFlashAirカードと通信する。
アプリ側に表示されたサムネイルを選択して、スマートフォン本体に画像データをダウンロードする。
すごく簡単。
 

2019/08/30

相変わらずパスワード問題


一年と少し前、パスワードが盗まれた話を書いた。
そういう事件があったので、沢山あったパスを全部見直して、作り直した。
同じパスを使いまわすな、というのが安全策の基本だから、全部異なるパスにした。
すると……そんなに沢山、覚えられない!
という当然の事態に陥った。

覚えていられない事は、メモをすればいい。
しかし、パスをメモするな、というのも安全策の基本だ。
というわけで、覚えられないからメモするけれど、暗号化して記入するという「二段階認証的」措置をとった。
これならば、メモしたパスを他人に見られても、大丈夫だ。

うーん、しかし。
自分が作った暗号が……解けない/*{>_<}
 

2019/08/28

マンハッタン・ビーチ


『マンハッタン・ビーチ』(Manhattan Beach by Jennifer Egan:ジェニファー・イーガン、中谷友紀子訳/早川書房)
に対する書評の多くが、手放しの好評価であることを知り、慌てて書いておく。

自分は、ストーリー上の誤謬が気になった。
ネタばれにならないよう、極力ぼかして書く。

1)D男が、主人公の女性の住まいを訪れた際、以前にも訪れたことがあるのを思い出さない。
もう少し詳しく書くと、訳文上は(以前に)主人公の住まいと家族の特殊事情を目にしたことが書かれている[p.412]。
住まいの場所を失念したとしても、特殊事情の方を思い出しそうなものだ。

2)二つ目は、小さな疑問。
主人公の父親の懐中時計の所在……いつまで身につけていたのか?
これに関しては、いかようにも言い繕うことができそうなので、誤謬とまでは言えない。

3)最後の点も、誤謬とまでは言えない。
甚だしい、ご都合主義である。
文字通り絶体絶命の窮地(両手両足を縛られて)からの脱出が簡単すぎて、納得がいかない。

というわけで、星五つが満点とすれば『マンハッタン・ビーチ』は★★★☆☆(星三つ)です。
1)の減点が大きい。

 

2019/08/25

久しぶりコンパクトディジタルカメラ


誰憚ることもなく、一年ぶりの投稿。
ちなみに、故郷本山北町のまちづくり協議会のブログの更新は、ときどき行なっている。
https://ameblo.jp/motoyamakitamachi






上は、昨年と同じ寺での墓参りの写真である。
(8月13日RX100で撮A)

DSLR(ディジタル一眼レフカメラ)は重いし、かさばる。
かといって、携帯端末のカメラには満足がいかない。
メイカーがいくら頑張ったとしても、レンズの能力差は埋まらない。

というわけで、新しくコンパクトタイプのディジタルカメラを買ってしまった。
新しく、といってもSONYのRX100は2012年のモデルである。
いわゆるマーク1で、その後続々とヴァージョンアップをして、現在はマーク7にあたるRX100M7が市場に出ている。
マーク7だけでなく、マーク1までの過去ヴァージョン機が、現行販売されている。
その中の最も廉価なマーク1の新品を、かなり値切って買った。

コンパクトタイプとしては、PowerShot 350(Canon)、COOLPIX 5400(Nikon)に続く3機目である。
COOLPIXはYahoo! オークションで落札し、PowerShotと共に再びオークションで売却した。

RX100が何より、いいのはレンズが「ZEISS(ツァイス)」であること。
次いで、撮像素子が大きいこと。
撮Aした画像の質がアップしたことは、言うまでもありません。

お盆の墓参りは、重労働である。
我が家の墓は分家のものを合わせて、墓石が8基ある。
掃除もたいへんで(簡単に済ませるが)、香華の費用も、ばかにならない。
そろそろ「墓じまい」を考えるべき頃合いである。

2018/08/16

お盆の墓参り


猛暑のなか墓参りは危険である、というわけで、夕方から墓参りに出かける予定であった。
ところが当日の朝は曇り空。
実家の母が電話をかけてきて、涼しいから、今からすぐに出かけよう、と言うのである。

あわてて用意をし(数珠を忘れることが多い)待ち合わせの場所に急ぐ。
自宅を出ると……小雨が降ってきた。

先着したので、マーケットへ行って花を買う。
以前にも書いたが、当家には花を供えるべき墓石が七つもあって、墓参の際には花束だけで一抱えも持参しなければならない。
いきおい、安い花を多く買うことになるのだが、お盆やお彼岸のシーズンは、他の客と取り合いになる。

幸いに、小雨は本降りとはならずに、止んだ。




















母は、自分が元気なうちに迎えに来てくれろ……と祈っているのである。


 

文豪


文豪とは。
きわめてすぐれた文学者。大作家。(「明鏡国語辞典」)
文章・文学にぬきんでている人。文章・文学の大家。(「広辞苑」)
英語では、Great Writer。
偉大なる作家、である。

ところが『本の雑誌』では、作家本人のダメ度合い・ゲス度合いの高さが、文豪たる所以であるという論調である。
そんなバカな。
もちろん冗談ですよね?

文豪とは、素晴らしい作品を、数多く書いた作家である、と言いたい。
自分が最初に思いついたのは、アレクサンドル・デュマである。
『三銃士』『王妃の首飾り』『黒いチューリップ』が有名だが、何と言っても『モンテ・クリスト伯』が最高傑作である。
というようなことを『本の雑誌』に書き送ったのだが、採用されなかった。




















かわりに「偏固ジャーナル」が三角窓口に掲載されました。
今年になって6回目、打率5割以上が確定した勘定になりますw

 

パスワード盗まる


脅迫Eメイルが届いた。
件名が、自分が使っているパスワードだったので、すぐにそれと知れたのである。
本文は長文の英語であった。

お前のパスは、こちらで把握した。
お前はこのメイルを無視することもできるが、その場合はお前の恥をネットにばら撒くことになる。
いやなら、金を払え。
というのが主旨で、金額は約3000ドル。
それをビットコインで振り込めという要求なのである。

こういう風に脅されると、ちょっとビビるよね……
ま、しかし、無い袖は振れないので、安心である‪‬/*{>_<}
というより、払う気もないし、恥を晒されても大丈夫なぐらい、恥の多い人生を送っている身なのであった……

さて、そのパスワードというのが、あるSNSに固有で設定してあったパスなので、そのSNSに対して、警告のメイルを回送しておいた。
安全対策はなされているという旨の返信があったのだが、パスが漏れたのは厳然たる事実なので、なお不安ではある。

同じパスは使いまわすな、というのがセキュリティ対策の常識となっている。
自分もその言を信じて、ログインが必要なサービスの各々に、別個のパスを設定している。
要するに、一人でたくさんのパスを所有・運用しているのであるが、使用頻度の少ないものから忘れる傾向にある。

パス以前の問題だが、自分で設定したはずのIDも忘れる。
何年も前に、インスタグラムが日本語化された頃で、スマートフォンの普及以前に設定したIDが思い出せず、最近になって新規アカウントを申請した。
世の中に、同じような状況で廃棄された「幽霊アカウント」が山ほどもあるに違いない。

IDとパスを、メモしておけばいい。
しかし、どこにメモしたかも忘却の対象であるし、紛失したメモを第三者に悪用される恐れもある。
サービスの提供者側は、二段階認証とか「秘密の質問」とか画像認証とか……ユーザ側に負担を強いるセキュリティ対策を行なうばかりである。

とりあえず、自分が各所で使っていたパスを全部、書き換えた。
もし、この工程が、密かに仕込まれた「トロイの木馬」によってコピーされていたら……
と考えると、余計に怖い。

 

2018/07/02

卑怯者の試合-->


そもそも、おぬしらは侍ではなかったか。
刀を抜いて敵と向き合ったのなら、どちらかが倒れるまで戦うのが命。
相手の手の届かないところでパスを回し続け、時を浪費するなど卑怯千万!

とはいうものの、これは現行のルールを遵守した上でのフェアプレイだったのである。
すなわち、ルールや、FIFAが設けるシステムの方にこそ、欠陥がある。

ワールドカップ・ロシア大会では、EPTS(Electronic Performance & Tracking System)が導入され、FIFAによって認可された分析データを、各国チームが受信して利用できるようになった。
試合中のベンチに、電子機器を持ち込めるようになったのである。
加えて、観客の手の中にはスマートフォンがあり、スタジアム外の情報も観客経由で入ってくるのである。

予選リーグの最終試合は、2試合が同時に行われる。
一方の勝敗を知ってから試合に臨ませない、という配慮からである。
ところが、日本チームは試合中にセネガルチームの動向を把握して、負けているのに反撃をしない、という賭けに出た。
セネガルが1点取り返したらオジャンになる、危険な賭けに。

EPTSはもちろん、スタジアムでの電子機器の使用を禁止すれば、他の試合のことを気にせず、自分たちの試合に「勝つことに」集中できる。
しかし、簡単にはできそうにない。
それよりましな手がある。
ルールの改訂である。

NBAを参考にして……
▼30秒ルール
自陣でボールを保持(ポゼス)するのは30秒以内に制限する
→30秒以内に、相手陣にボールを持って攻め入らなければならない
▼バックフィールド・ヴァイオレーション
いったん相手陣に持ち込んだボールを、ハーフウェイラインを越えてバックパスしてはならない

これらは、かなり厳しい「縛り」である。
試合は、互いに攻撃的になり、スペクタクルは増す。
ゴールキーパーを除く20人の選手がフィールドの、どちらか半分の中に入っている状態が、頻繁に入れ替わるのである。
45分間、続けられないかもしれないが……卑怯者の試合は、なくなるに違いない。

 

2018/06/22

海街diary-->


漫画は、あまり読まない。
(最近はコミックと呼ぶのか)
よく読んでいた頃もある。

吉田秋生の『BANANA FISH』は、特に一所懸命に読んだ。
ツジトモ『GIANT KILLING』は、フットボールがテーマだけに、飛びついた。
5巻読んだだけで終わったけれど。
そして浦沢直樹『PLUTO』。
なんといっても、元が『鉄腕アトム』だ。
並べてみて気づいたが、みんな英数大文字だ。

吉田秋生は特に好きで『海街diary』も読むことになったわけである。
こちらは『BANANA……』とは違い、少女コミックの範疇に入る。
とんでもない共通項があって、それは「男色」である。
以前は、ホモと呼んでいた。

ここでちょっと脱線。
ホモとは、homo-sexualを略した言葉で「同性愛」を意味する。
つまりLGBTが言うところの、L(レズビアン)は女同士のホモで、G(ゲイ)もホモ、ホモホモ同じ、ということである。

『海街diary』は是枝裕和によって映画化されたので、完結したコミックだと思っていたのだが、さにあらず。
月刊誌に不定期連載中で(偏固ジャーナルと同じw)、一程量まとまると単行本として発行される。
現在のところ第8巻までが出ていて、そのすべてが我がiPad miniの中に収められている。
ちなみに、他にiPadに入っているコミックは……『All You Need Is Kill』と『嗚呼!!花の応援団』第1巻!

是枝裕和がカンヌ国際映画祭でパルムドールを受けたことは記憶に新しい。
氏が掲げたことで、やっとパルムドールの意味がわかった。
「パルム・ド・オル」すなわち仏語で「黄金の椰子」だったとは。
フットボールの「バロン・ド・オル」も長い間、バロンを男爵と誤解していたのである。

映画の『海街diary』を観る機会を得た。
配役に難あり、の感がある。
誰とは書かないが。
そして、話は、あまりにもあっけなく終わる。
コミック版を読んでいる者にとっては、まるで長い予告編のような作品だった。

 

2018/06/04

Part 5: 恐るべし、AirDrop-->


ブログにアップするまで暇がかかったが、とりあえず終わった。
iPad mini同士の、中身の入替えである。
大量の画像データの移動もできた。
Appleが端末にSDカードスロットを搭載していてくれれば、簡単にできたのに。
いったんCloudに上げたり、そこから下ろしたり。
とはいうものの、画像の移動に威力を発揮したのは、AirDropだった。

AirDropなら、端末to端末でダイレクトにデータを送れるのである。
もっと早くこれに気づけばよかった……
とにかく、スピードが速い。
iPad同士はもちろん、iPhoneともデスクトップ機のMac miniとも通信できる。
使わんテはないぞ。

 

2018/05/17

Part 4: 母、iPad miniを使う-->


MVNOから支給されたSIMを仕込んだiPad mini 2を、母に使ってもらうことにした。
母と私で一か月8GBの通信容量をシェアするのである。

母はかつて故郷の市民混声合唱団に所属していたことがあり、今でもその合唱団のOB会に参加しているのである。
OB会が来月集まって、合唱を披露することになった。
曲目は『アヴェ・ヴェルム・コルプス』。
カソリックの教会で歌われることの多い曲である。
それをラテン語で暗譜するという。

母の楽譜を見ると、ラテン語の音(おん)がカタカナで書き込んである。
しかし、なかなか憶えられないのは、歌手が実際に歌っているのを聴いていないからである。
つまり、お手本があれば憶えやすいはずである。
そこで彼女に、YouTubeを教えてやった。

メールアプリさえ満足に扱えない母であるが、知識欲は旺盛なので、ブラウザを使って調べ物をする方法を教えてやろうと考えていたところだった。
そこで、Safari経由でYouTubeを視聴する方法を教えた。
『アヴェ・ヴェルム・コルプス』を検索して、該当映像が表示されるページにブックマークをつけておいた。

それから数日後。
私が自宅からネットにアクセスできなくなった。
調べてみると「ギガ」がゼロになっていた。
つまり、当月に使用できる契約分の通信容量を使い果たしていたのである。
こういう場合は、契約外の容量を追加チャージすることで難を逃がれることができる。
しかし、今月はまだ半分過ぎなのに、もう1GB×4回もチャージしてまんねん!

後でわかったことだが、母がYouTubeのヘヴィユーザになっていた。

 

2018/05/14

Part 3: SIMの載せ替えに失敗-->


最近、インタネットに接続するのに、携帯端末を無線ルータとして利用している。
MVNOの、いわゆる格安SIMを導入して、ひと月に8GBまで使えるプランを契約している。
その8GBを、最初の一週間で使い切ってしまったのである。
下界の端末とiCloudの間でデータのやり取りをした結果である。
しかたなく、追加チャージを申し込む。
結局、1GBのチャージを3回して、それでもまだ月の半ばである。
こういう時のために、ADSL(Yahoo! BB)は置いておくべきだったか……























それはともかく。
ようやくiPad同士の中身の入れ替えが終わったので、新しい方のiPad miniにSIMを載せ替えようと思ったわけである。
先述の8GBプランには、SIMが2枚ついてきて、2枚で8GBを「分け分け」するのである。
1枚をiPhone SE(音声通話はできない)に、もう1枚をAterm(NEC)にインストールしてあった。

つまり。
第一小隊w:iPhone SE(SIM No.1)+iPad mini 2(Wi-Fi接続)
第二小隊:Aterm(SIM No.2)+旧iPad mini(Wi-Fi接続)
という陣容を、
一:iPhone SE(SIM No.1)+旧iPad mini(Wi-Fi接続)
二:iPad mini 2(SIM No.2)
に変更してAtermは退役させる、という案である。

SIMの載せ替えは、見事に失敗した。
AtermにインストールしてあったSIMのサイズがmicroで、iPad側がnanoだったからである(爆)
やむを得ず、
一:iPhone SE(SIMなしで)+旧iPad mini(SIMロック機)+Aterm(SIM No.2)
二:iPad mini 2(SIM No.1)
とした。
第一小隊は、ルータのAtermに、iPhoneとiPadとMac miniが「ぶら下がる」かっこうになる。
頼んだぞ、Aterm。

 

2018/05/08

iPad 2 iPad Part 2-->


iPad miniを手に持って、FaceTimeで通話している姿は可笑しい。
手鏡に向かって話しかけているような感じだ。
でっかい携帯電話を持ち歩いている、そのような感じでもある。
ポケットには入らないから、バインダごと持ち歩くか、鞄が必要になる。
手ぶらで出かけられない!
ということになったわけである。

それはともかく。
SIMロックがかかったままのiPad miniと、格安SIMを導入したiPad mini 2を持つこととなった。
古い方を母に使ってもらうことにして、モバイルルータを新たに購入。
そこに2枚目の格安SIMを導入した。
Wi-Fiを使って旧iPad miniをインタネットにつなぐわけである。

なんとかPC(iMac)でメイルのやりとりぐらいはできていた母だったが、タブレットは難しかった。
PCのやり方は通用せず、教える方も難しかった。
タブレット本体とルータが分かれていて面倒くさかった。
というわけで、メイルアカウントは設定してあったがチェックをしないので、赤いバッヂの数字(未読メイル)が100以上になっていることがあった。

そこで、せめてルータの面倒を見なくてもいいように、母のiPad miniと自分のiPad mini 2を入れ替えることにした。
お互いのタブレットの中身はiCloudにバックアップしておいて、相手のタブレットにダウンロードすればいいと簡単に考えたのだが……(以下略w)

まあ、なんとかうまくいった、と書いておこう。
実際はiOSのヴァージョンの違い(iPad miniは限界の9.3.5、mini 2は11.3.1)があって、インストールしてあるアプリが片方で使えなくなったりした。
iCloudの使い方に慣れていないので、ミステイクも多々あった。
タブレットの中身全部をバックアップして、またダウンするので、通信の容量を非常に多く消費してしまった。

 

2018/05/07

iPad 2 iPad Part 1-->


iPadを初めて見たときに、違和感があった。
筐体のタテヨコ比に、あまり差がなかった。
つまり、ポートレイト(縦置き)にした場合は若干背が低いと感じ、ランスケイプ(横置き)で使うと幅が足りない感じ。
それをケースに入れて肩に提げて運ぶというスタイル提案も、問題外だった。
買う金もなかったが、買う気も起こらなかった。

やがて、iPad miniが登場したが、前述のiPadのことがあったので、チェックすらしなかった。
ところが。
ジャストシステムの浮川氏がiPad miniを重宝しているというネットの記事に遭遇して、気が変わった。
読めば、iPad miniはほぼA5サイズで、6穴のシステム手帳や20穴のルースリーフノートのバインダに挟んで持ち歩ける、ということだった。
これなら使えそうだ!と思ったのである。

ソフトバンクの携帯電話を解約して、iPad miniのCellular付きモデルを購入した。
SIMロックフリーのモデルが出るのは、まだだいぶ先のことである。
電話を解約したのは、MNPができなかったこと、ほとんど通話はしないこと、が理由である。
このマシンは浮川氏の言葉通り、なかなかよかった。
氏をまねて、バインダで持ち歩いた。

時は流れて……
といっても二、三年ぐらいか。
MVNOが現われて、SIMも自由化されて、通信料金が劇的に安くなった。
そこで、SIMロックフリーとなった新しいiPad miniを買って「格安SIM」を導入しようと思い立った。
新機購入の費用は、通信料が安くなった差額で、あっという間に回収できた。
なにしろ、ひと月5、6千円はかかっていたものが、四分の一以下になったのである。

携帯電話時代の使用量を調べて、一か月5GBの通信専用SIMを選択したら、1,210円だった。
「通信専用」なので、音声通話はできないのだが、Appleの端末同士であれば「FaceTime」で話せるのである。

 

2018/05/06

Appleのディスプレイが欲しい!-->


SHARP製のLCDに、Mac miniを接続した。
後で確認してわかったのだが、このLCDは2003年製だった!
接続ケーブルは、Amazonで買ったMacLab.製だ。
DVI-Dの端子をLCDに差し込む。
プラグの両肩(といっていいのか)にボルトが付いていて、これらを締めると、LCD側とがっちりつながる。

ケーブルの反対側の端子は、Thunderboltタイプである。
かっこよくも、危険なネーミングのこの規格は、Mini DisplayPortと互換性があるらしい。
はっきりとは知らないけど。

Thunderboltの端子を、Mac miniの該当ソケットに差し込んだ。
これが、かなり固かった。
とりあえず、つっかえるところまで入れて、LCDとマシンに電源を投入した。
画面は表示されない。
LCD側の入力を切り替えても映らない。

こういうことがあっても、まったくうろたえないのは、しょっちゅう経験しているからである。
結局、Thunderboltの端子の差し込みが足らなかったことがわかった。
つっかえたところから、さらに押し込まなければならなかったのだ。

画面表示はされたが、それを見てがっかりした。
いわゆる「ジャギジャギ」だったからだ。
LABIの店頭で見せてもらった、あの美しさからはほど遠い。

やっぱり、Appleのディスプレイが欲しい!
 

2018/05/05

マシンを更新して再開-->


実は、PCがあまりにも古くなった結果、「Blogger」に対応できなくなってしまった。
つまり、Bloggerが吾輩を置き去りにして行ってしまった、というわけだ。
それが正月を過ぎてすぐの頃のこと。

4月の末に新しいマシンを発注した。
自分がMacユーザでなけりゃ、マウスコンピュータのスティックPCのような、1万円ぐらいで手に入るPCで間に合わせるのだろうが……

いや、Macを新調するにしても安いので間に合わせざるを得ないのだが。
というわけで、Mac miniの最も安いやつを選択する。
今まで使っていたのもMac miniで、10年選手である。
今なら無金利でローンを組める、ということなので月賦で買った。
ゲップなんて、最近聞かない言葉ですね。

Mac miniは「Bring Your Own Device」という思想で作られたマシンで、要するに本体以外の入出力機器は自分で用意せよ、ということである。

古くなっただけで、まだまだ働けるMac miniにはSHARP製のLCDが接続してある。
このLCDにはさらに2台のPCからディスプレイ出力ケーブルをつなぐことができる。
そこで、Thunderbolt(Mac側)とDVI-D(LCD側)の接続ケーブルを買った。
ちょうどAmazonのギフト券をモリサワさんからいただいた後だったので、ありがたく利用させていただいた。
メールマガジンのアンケートに答えて、抽選に当たったのである。

キーボードも新しいのを買い足した。
キーボードに関してはこだわりがあって、それは文字を大量に入力する仕事に携わっていたからで、カチャカチャと音を立てる安っぽいものや、日本語配列のものは好きではない。
軸の色があれやこれや、パンタグラフがどうのこうの、と言い出したらきりがない。
東プレだFilcoなど、何万円もするモデルも存在するが、もちろん手が出ない。
過去に経験したなかで、もっとも「打ち味」がよかったのはIBMのキーである。
いや、Macユーザなんで、ほんまは関係ないんですが。

実はAppleのキーボードも悪くはなく、いい部類に入る。
ずっとUS配列を使い続けた結果、JISかな配列が使いづらくなってしまった。
図書館へ行って、端末で検索をするときに、打ち間違いをやらかす。

とにもかくにも、Mac対応のキーボードでなくてはならない。
しかも、US(英字)配列でなくてはならない。
そして、安価でなければ、買えない。
そんなに都合のいい製品があるか。

Ankerというブランドに、そんなキーボードがあったのである。
中国製というところが気になるが、なにしろ2千円未満の価格である。
Bluetooth接続で、Mac以外にiOS・Android・Windowsにも対応、ときたもんだ。
これもギフト券の残りにクレジットで追い金し、Amazonで買った。
なかなか打ちやすいキーだった。
コストパほーマンス高し!

とりあえず、文字だけでエントリ。

 

2018/01/02

正月には墓参と初詣-->






















 新しい年になった。
おめでとう、とは言うものの特段めでたいことはない。

例年元日は実家を訪ねて、母と二人で雑煮を祝うことにしている。
二日に墓参と初詣に出かける。
……だったのだが、今年は元日に両方とも済ませた。

小学校時代からの友人で、仏教の祭祀に詳しいKという男がいた。
彼が、墓参は二日にするもの、何故なら仏さんがその日に帰ってくるから、と言ったものだ。
その言葉をずっと信じて何十年かは正月二日に墓参を続けてきたが、自分の心に、そのことに対するこだわりがなくなったのである。
友人Kも、行方をくらませてから、十年以上が経つ。
タイあたりに流れて坊さんにでもなっているのではないかと、勝手な想像をしている。

出かけるまで、FM COCOLOを聴く。
年賀を兼ねてリンゴ・スターの新曲『We're on the Road Again』をリクエストしようとしたのだが、局のサイトにログインできずに終わった。

元日から店を開けているDで花を買う。
地下鉄の新型車両に乗って、大阪市内へ。


私は鉄っちゃんではないよ、念のため。















雨も降らず、暖かい日で、よかった。
墓参をすませて、隣の高津神社へ。
参拝する人の列がこんなに長いとは、元日に来て初めて知った。































昼過ぎ、実家に帰ってジンジャエイルで乾杯、そして雑煮。
フットボールの全日本選手権試合をテレビで観戦しながら、母と麻雀をして遊ぶ。
これは二人とものボケ防止を兼ねて、日頃行なっていることである。
四人分の牌を積んで、二人で打つので、役満続出。
夕食に水炊きをご馳走になる。
いつもの正月は弟夫婦も一緒だが、今年は勤務の都合で来られない。
二人だけの鍋料理であった……。

 

2017/12/30

ほぼ日手帳なんか-->


手帳を使っている人は、たくさんいるだろう。
たぶん、幼稚園児の頃から(持たされて)使いだすのだろう。
小学生になると「学級連絡帳」。
中学・高校・大学の頃には、あまり使わないと思う。
大学生が就職活動をするようになると、また使いだす。
就職すると、仕事を進めるには絶対の必需品となる。

自分の場合は、就職してまず営業マンになったので、会社支給の小型の手帳を毎年使っていた。
年齢早見表とか度量衡の換算表とか交通機関の路線図とか、付録がいっぱいついたタイプである。
印刷会社だったので、印刷用紙の規格表もついていた。
アドレス帳のページを、毎年新しい手帳に書き写していたものだ。

そこから少し進歩して、背広の胸の内ポケットに収まるサイズのシステム手帳に乗り換えた。
革のバインダタイプのやつである。
アドレス帳を毎年書き写す必要がなくなり、普段使うページはリフィルを買い足すだけですむようになった。

やがて営業職を離れ、企画・デザイン職に就いた。
そうすると、ポケットに収まるサイズの手帳だけでは仕事がやりにくくなった。
スケジュールやアポイントメントを管理するぐらいなら、小さい手帳で事がすむ。
しかしながら、思いついたことを文章とともにスケッチするのには、スペースが小さ過ぎるのである。
加えて、罫線の入った紙面は、それが横罫であろうと格子罫であろうと、スケッチの邪魔になる。
(建築図面などには、格子の罫線が入っている方が使いやすいけれど)

ラフスケッチや企画書を、手でグリグリ書くには、B4ぐらいの大きさの紙が適している。
これぐらい大きいと、もはや手帳として展開するのは無理である。
どこまで小さくして、ラフスケッチの用にたえられるか。
それを試した結果、A5サイズぐらいでも用が足せることがわかった。

最初は、A5サイズのルースリーフ(無地)を買ってきて、そこに自分でデザインしたページを印刷して、20穴のバインダにセットして使っていた。
現在は、A5サイズのシステム手帳(6穴)に代えたのだが、無地のリフィルに自分のPCから印刷するだけなので、いつでも20穴のシステムに戻ることができる。

今大人気の「ほぼ日手帳」にもA5サイズのものがあるらしいが、いろいろと「機能」を盛りこみ過ぎているのではないかと想像する。
自分のは、なさ過ぎるぐらいにシンプルである。
クリエイティヴな仕事をするには、何もないスペースが多い方がいい。
ちなみに、アドレス帳は電子化済みなので、わがA5手帳に含まれるのは以下のものだけである。

▼トップページ。一年のカレンダーを一覧
 土・日曜日が週末で、月曜から新しい週が始まるという考え方。





















▼見開き2ページの月間予定表(12か月分)。前月と翌月のミニカレンダー付き



















 ▼週間予定表(53週分)。右頁はまったくのブランク




















 

2017/12/23

D・フランシスを読もう-->


母の友人Tさんがディック・フランシスに、はまっているらしい。
今さら、などと言うことはできない。
競馬ミステリという名に尻込みして、フランシス作品を読み始めるまでに三十数年かかったのは誰あろう、自分である。

Tさんには会ったことがない。
母の友人であるからには、齢八十を超えていることは間違いないが同好の者同士、話をしてみたいものである。
どの作品から読み始めたのか。
どの作品が好きか。
フランシスの本をどこで手に入れているのか。
図書館で借りるのか。
書店で買っているのか(ハヤカワ文庫なら、今でもフランシスの競馬ミステリは手に入る)。

なんの自慢にもならないが、拙宅には全冊揃っているのである。
「本命」「大穴」「興奮」など、すべてのタイトルが二字熟語で、背表紙が緑色(ターフのグリーンをイメージしたか)の文庫本が三十数冊。
加えて、上製の単行本が数冊(これらもすでに文庫化されている)。
よけいなお世話だろうが、Tさんに進呈(貸さない)してもいいつもりで、本棚から古いタイトルを引っぱりだした。
見てびっくりしたのは、字が小さくて読みづらいことだ。
おまけに印刷用紙が劣化して、黄ばんでいるので、なお読みづらい。
自分も本も、年をとったもんだ。

さて、ディック・フランシスに関して、目黒考二氏がWEBのコラムで書いていたことがある。
山本一生という方の『書斎の競馬学』に、フランシスには翻訳されていない伝記のことが書かれていたというのだ。
これに大いに興味をもって、現在もその翻訳書が出ていないのか、インタネットで調べてみた。
翻訳はされていないようだった。
「Dick Francis: A Racing Life」というのが該当する原書らしいことがわかった。
最終的に、Amazon.co.jpでKindle版を購入した。
301円だった。
電書なら、なんらかのアプリの力を借りて、読めそうな気もする。





シンプルな表紙!




















2017/12/14

2018年1月ヴァージョン-->


久しぶりに投稿が採用された。
『本の雑誌』2018年1月号の「三角窓口」欄である。
本にまつわること、図書館のこと、北上次郎さんのことなど。
書店の店頭で、当該頁を開き、自分の名前が載っているとうれしいものである。
打率(採用率)は低迷しているが……



マクロにて撮影


















書店の後、寿司と回転焼きを買って、実家の母を訪ねる。
同じ市内なので、しょっちゅう行っているのだが、毎年のこの時期には、彼女の年賀状づくりを手伝っている。
手伝うといっても、母は賀状用の写真を選ぶだけで、レイアウトや印刷などの残りの作業はすべてこちらの仕事だ。

実家には私が使っていたiMacと、EPSON製のインクジェットプリンタがあって、これらで作業を行なう。
写真がデジタルであれば、カードリーダから読み込んで、レイアウトする。
使用するアプリケーションは、AppleWorksだ。
iMac本体はおにぎり型のやつで、OS 9で動いている。
こんなに遅かったかな……
と思うぐらい動作が鈍い。



AppleWorks@iMac


















昨年は、選ばれた写真がカラーの紙焼きだった。
実家にはスキャナを置いていないので、デジタルカメラで接写して間に合わせた。
今回またそんな事態になったときのために、Nikon D60にマクロレンズを装着して持参してあったが、複写の役はなかった。

プリンタは別の問題である。
まさに、一年でこの日だけ稼働するマシンで、スムーズに働いてくれたためしがない。
ノズルチェックをして、ヘッドのクリーニングをして、テストプリントをする。
たぶんインクは少しずつ蒸発していっているのだろう、次々と各色のカートリッヂを交換せよ、と要求をしてくる。
今回は、6色すべてのカートリッヂを交換することになった。
これだけで5,000円以上の出費になるのだから、街の印刷屋さんに一括依頼した方が安上がりになることは間違いない。

年賀状本体には、日本郵便製のインクジェット写真用はがきを使用する。
プリンタ設定において、いかなる用紙を選択するかも問題である。
「インクジェット写真用」という選択項目がないので、とりあえず「EPSON写真用紙」に設定して、5枚ほど印刷した。
なんだか、赤っぽいので「EPSON光沢紙」に変更すると、ましになった。



 
EPSON PM-D770。いかにも古いタイプのプリンタだ

2017/11/10

11月11日はBASSの日-->


BASSは、楽器のベースである。
数字が四つ、1111と並んでいる様子が四本の弦を想起させるところから、11月11日をベースの日と誰かが決めたのである。

オーケストラでは弓で奏でるコントラバスを、ジャズでは指で弾(はじ)く。
ヴァイオリンも指で弾くこと(ピチカート)があるが、コントラバスはどうか。
ジャズで使うのをウッドベースと呼ぶのは、日本だけらしい。
エレキギターのように肩から吊って扱えるようにしたのが、ベースギターである。
ウッドベースを弾く人、ベースギターを弾く人、ともにベーシストと呼ばれる。

ある音楽専門雑誌のベーシスト人気ランキングで、ポール・マッカトニー(Paul McCartney)が第3位に入った。
ビートルズ(The Beatles)の一員として名が売れている故のランクインではなくて、演奏を評価されてのことである、と思う。

ビートルズのレコードをかける時、歌ばかりを聴いていた。
そればかりか、曲に合わせて大声で歌っていたのである。
つまり、楽器の音など、ほとんど耳に入って来なかった。
好きな曲はメロディの美しい、歌いやすいものばかりだった。

歌うのをやめてインストに神経を集中させると、ポールの弾くベースギターの音が、ぶんぶんとうなっているのが、よく聴こえる。
うなっているが、ことさらに主張せず、きれいに溶け込んでいる。
他のメンバーがベースをやらないので、仕方なくポールが担当になったそうだが、彼はどのパートをやっても上手なのではないかと思わせる。

偏固子が最も気に入っているのが「Old Brown Shoe」である。
ベースをフィーチャーした作品で「疾走感」がある。
他にもお気に入りが……
Another Day
Too Many People
Dig A Pony
Get Back
以上、ポールがベース担当。

ポール・マッカトニー以外では……
South American Getaway
 バート・バカラック作、映画『明日に向って撃て!』挿入曲
Comin' Home Baby(デイヴィッド・サンボーン)
 サンボーンはサックスプレイヤー。



David Sanborn「timeagain」















Boz Scaggs『Fade Into Light」

















Isn't She Lovely(デイヴィッド・サンボーン)
 スティーヴィ・ワンダーの曲
Angela(ボブ・ジェイムズ)
 ボブ・ジェイムズはキーボードプレイヤー。
Sara Smile(ホール&オーツ)
 男声ヴォーカルデュオの名作。
Lowdown [unplugged](ボズ・スキャッグズ)
 ボズは男声ヴォーカル。アンプラグドということは、ウッドベースですな。

 

2017/11/03

小学生向け文学全集-->


読書週間である。
そんなこと言われなくても、52週間ずっと読書週間でっせ。

あすなろ書房という出版社が、よく新聞広告を打っている。
松田哲夫編『中学生までに読んでおきたい日本文学』(全10巻)である。
中学生までに、というのだから小学生向けだ。
作家は芥川龍之介、森鷗外、太宰治、内田百閒、遠藤周作、向田邦子……と新旧バラエティに富んでいる。
書き落としたが、各巻10作品以上が収録された短編集である。

それぞれの巻のテーマタイトルを列挙すると、
1.悪人の物語
2.いのちの話
3.おかしい話
4.お金物語
5.家族の物語
6.恋の物語
7.こころの話
8.こわい話
9.食べる話
10.ふしぎな話
である。

10巻いっせいに発売されたようだから、どの巻から読んでもいいとは思うのだが、第1巻がいきなり「悪人の物語」から始まるというのは、小学生向けとしてはどうよ。
悪いことを知るのは、もっと後の方でよくはないか。

偏固子ならば、こう並べるけどなあ。
1.家族の物語
2.いのちの話
3.こころの話
4.食べる話
5.お金物語
6.恋の物語
7.悪人の物語
8.こわい話
9.おかしい話
10.ふしぎな話
ここまで書いてきて、気がついた。
悪人で始まるリストは五十音順になっている!

 

2017/10/26

中古レンズを手に入れた-->


九年落ちのデジタル一眼レフレックスカメラを所有している。
九年落ちがどれだけ古いかというと、「動画撮影ができない」。
メイカーはNikonで、そもそも自分がNikon党となったのは父親がユーザだったことに由来する。
大学生だった頃アルバイトしていた放送局のカメラマンからセコハンのNikomat(ニコマート)を譲り受けた。
そのカメラに付いていた35ミリと、自分で買い足した135ミリのレンズを使っていた。
父とレンズの貸し借りをすることもあった。
仮に、息子がCanonユーザになったとしたら、父親のNikonとはレンズの互換性がないので、そういうことはできない。
やがて父が亡くなり、彼のNikon資産を私が受け継ぐことになった。
某新聞社の写真部が払い下げた、凸凹だらけのNikon F。
ジウジアーロがデザインしたことで有名なNikon EMもあった。
レンズは50ミリ標準と55ミリのマクロ。

EMをメインに使うことにして、その他は整理することにした。
55ミリのマクロと135ミリの望遠レンズは手元に残した。
Fは、Nikonマニアの同僚に払い下げ。
Nikomatは写真初心者の後輩に払い下げ。
新品で買っていたF-601は、付属レンズとともに中古業者に引き取ってもらった。




28mm f/2.8(左)と50mm f/1.4のレンズ





















その後、中古の28ミリと新品の50ミリのレンズを買い足したのだが、肝心のEMの調子が悪くなってしまった。
露出の計測に問題が出て、修理をするも再発。
経年劣化である。
折しも世はデジタルカメラの隆盛期。
ついにフィルムを見限り、2008年にデジタル一眼レフを買った。
小さい手でも楽に扱えるサイズの「D60」の、ボディだけを購入した。
たんに、レンズ付きで買うための資金的余裕がなかったというのが理由である。

以来9年間、デジタルカメラにMF(マニュアルフォーカス)のレンズを装着して撮影してきた。
カメラがマニュアルモードであれば、MFのレンズが使える。
絞り値、シャッター速度およびピントは、手動で合わせなければならない。
記録媒体がフィルムではなくメモリカードに置き換わっただけで、撮影スタイルの方はクラシカルなのである。

前置きが長くなった。
中古レンズを買った、という話だった。
ネットでリーズナブルな価格のレンズを発見したのである。
オートフォーカスで、18ミリから55ミリまでのズームレンズが11,000円。
三年落ちで、発売当時のカタログ表示価格は35,000円である。
加えて、古いカメラやレンズを下取りしてくれるというサービス付きだ。
さっそく電話を入れて取り置きをお願いした。
あくまで現物を見てから購入を決める、というスタンスだ。

リアル店舗へ行く。
実は、ここは父と私とで大いに世話になったお店である。
特に父は、ほぼ毎日フィルムの現像とプリントを頼んでいたことを、亡くなった後に知った。
中古レンズの現物を見ると、美品である。
持参したカメラに装着させてもらい、オートフォーカスをテストする。
その間に、下取りしてもらうつもりで持ってきた28ミリと50ミリを査定してもらう。
査定価額は合計9,000円。
レンズとの差額2,000円を追い銭しなければならない。
そう思っていたのだが、なんとレンズを1,000円値引き、査定額を1,000円アップしてくれた。
チャラになったわけである。
父のおかげか……?




Nikon D60に装着したAF-S DX NIKKOR 18-55mm f/3.5-5.6G VR II



















2017/10/23

目黒さんから次郎さん、三郎さんへ-->




















△偏固ジャーナル十月二十日(金)ドキュメント。
 こんな日にかぎって、朝から胸の調子がよくない。幸いに午後には治まったので、腹ごしらえをして、外出の準備。
 髭をきれいに剃り、服装を整える。足元から決める。茶色のサドルシューズを選択。煉瓦色のクレープ底が貼ってある。パンツは濃い色のタータンプレイドに、靴と同色のベルトを通す。紺色のボタンダウンシャツに、黄金色無地のシルクタイを締める。最後に紺色のブレザーコートを羽織り、ポケットには紺色のポケットチーフをはさんだ。
 まあ、いわゆるひとりの「めかし屋」だ!
 トートバッグの中には、寒くなった時のためにタータンのマフラーと鹿皮の手袋を入れた。その他に折畳み傘、システム手帳と万年筆、『本の雑誌』の最新号と2005年の12月号も装備。電車の中で読むための本は、ロジャー・ホッブズ『ゴーストマン 消滅遊戯』だ。

 今日の目的地は大阪・梅田の蔦屋書店。店内のラウンジで行われる、大御所書評家の北上次郎氏のトークイヴェントに、予め参加申し込みをしてあった。
 梅田に、かなり早く着いたので、あちらこちらに寄り道をする。
 まずはマルビルの地下にある、FM COCOLOのスタジオを覗きに行く。関西の人気ディスクジョッキーであるマーキーが公開放送をやっている、と思ったが今日は休みだった。
 地下伝いにヒルトンホテルの建物まで歩く。エスカレータで5階にある書店へ。ジュンク堂としては規模の小さい店だが、やはり品揃えの点で郊外店には優っているのである。
 海外小説の棚をチェックしてから、別の棚でドローン関係の雑誌を見る。パーツを集めて自作するドローンや、水素を燃料にして飛ぶドローンなどに大いに興味をそそられる。
 LUCUA 1100(ルクアイーレ)に移動する。外では雨が降り出していたのだが、地下を歩いて濡れずに行けた。エレベータで9階の蔦屋書店へ。

 この時点で開演まで1時間半。早いにも、ほどがある!
 しかし、ここならいくらでも時間をつぶすことができるのである。ただの本屋ではなく、カフェ(スターバックスコーヒー)があり、Appleのショップ(キタムラ)もあり、(その他略w)ヴァラエティあふれるお店が併設されていて、飽きない。いや、すべて見て回ることなど、この空き時間でできそうにない。
 ムックを一冊買った。SPring-8を特集したPen+(ペンプラス)である。SPring-8とは、巨大な加速装置であると理解していたのだが、何を加速させるかというと、それは電子であって、加速装置はSPring-8の一部分にしかすぎないということが、ようやくこのムックをつまみ読みしてみて、わかってきた。

 それはともかく、会場となるラウンジの近くのデザイン関係の棚を見ていたら、なんとそこへ北上次郎氏が「楽屋入り」するために歩いて来たのである。彼は私にとっては目黒考二である。いきなり目黒さん初めまして、と声をかけて驚かせてしまった。
 本日のイヴェントタイトルは「北上次郎選2017年のエンタメおすすめ本30 今年読んで面白かった本をどーんと紹介」とやたらに長い。
 演壇がわりのテーブルの真正面、三列目に席をとる。北上次郎氏が登場する前に蔦屋の担当者が氏の紹介をしたのだが、キタカミと呼ぶのであれっと思う。1976年に『本の雑誌』を立ち上げて……は北上次郎のプロファイルとしてはどうかなあ。
 初めて聴く生のトークである。自身で言うように早口で、30冊をあっという間に紹介。以下リスト。

1.ダークナンバー(長沢樹)
2.冬雷(遠田潤子)
3.天上の葦(太田愛)
*4.地獄の犬たち(深町秋生)
5.ハンティング(カリン・スローター)
6.その犬の歩むところ(ボストン・テラン)
7.暗殺者の飛躍(マーク・グリーニー)
8.フェイスレス(黒井卓司)
9.横浜駅SF(柞刈湯葉)
*10.この世の春(宮部みゆき)
11.腐れ梅(澤田瞳子)
12.花しぐれ(梶よう子)
13.蘇我の娘の古事記(周防柳)
14.アキラとあきら(池井戸潤)
15.なかなか暮れない夏の夕暮れ(江國香織)
16.カンパニー(伊吹有喜)
17.球道恋々(木内昇)
18.北海タイムス物語(増田俊也)
19.女系の教科書(藤田宜永)
20.ヒストリア(池上永一)
*21.本日も教官なり(小野寺史宜)
*22.ルビンの壺が割れた(宿野かほる)
*23.盤上の向日葵(柚月裕子)
*24.つぼみ(宮下奈都)
25.君が夏を走らせる(瀬尾まいこ)
*26.ビンボーの女王(尾崎将也)
27.劇団42歳♂(田中兆子)
28.嘘つき女さくらちゃんの告白(青木裕子)
29.間取りと妄想(大竹昭子)
30.かがみの孤城(辻村深月)
*のついた作品は『本の雑誌』11月号でも紹介。

 ジャーナル子は翻訳ミステリ専門なので、興味があるのは5番と7番だけだが、グリーニーは二作読んだ時点で見限ってしまったのでスローターだけに集中する。その他の国内作品は、聴き流すだけだ。
 しかし、次郎さんの話を聴いていると、どの作品も面白くて読んでみたいという気にさせられるのである。
『冬雷』の遠田潤子を語る。『雪の鉄樹』でブレイクした今注目の作家、『オブリヴィオン』もすごく良くて、『本の雑誌』の最新号で採りあげたという。ええっと、何と書いたんだったかな……と続けたところで、蔦屋の担当者が売り場へ最新号をとりに走る。広い店ゆえ、話の続きには間に合うまい。最初から用意しておくべきだろう。
 というわけで、ジャーナル子がバッグから最新号をとり出して「新刊めったくたガイド」の頁を開けて、次郎さんに渡した!のである。
 ところが『オブリヴィオン』を紹介したのは未発売の12月号だったので、どちらにしても役には立たなかったのである。

 次郎さんは30冊の紹介を、見事に時間通りに語り終えた。その後サイン会が行われたので、件の『本の雑誌』の表紙に「北上次郎」と書いてもらった。
 もう一冊の2005年12月号の「笹塚日記」には、ジャーナル子(イニシャルT)が目黒さんにメールを打って、氏のレシピでドライカレーを完成させたエピソードが載っているのである。そのことを話すと「ほんとうですか!」と言って、表紙に「目黒考二」とサインをしてくれた。
 帰り際に、菊花賞のついでに来はったんでしょうと訊いたら、そうです、と藤代三郎の笑った顔が答えた。台風が迫り来るなか菊花賞は開催されたが(キセキが一着)、目黒さんが無事に帰京できたのが、気になっている。
 

2017/10/15

All You Need Is Kill-->


「格安SIM」使用でためたポイントが無効になるというので、そのポイントを使ってDMMのストアで電子書籍を買うことにした。
さて、何を買う?

昨日、万博公園にあるTSUTAYAに行った。
贔屓チームの試合を観に行ったついでである。
文庫の棚に『日本SF傑作選』(ハヤカワ文庫)の小松左京編が面陳されているのが目に付く。
はなから買う気はないのだが、手にとってみる。
分厚い。
値段も高い。
1,500円ぐらい。

筒井康隆編の方が興味ある。
こちらは棚のB面に並べられていた。
同様に分厚い。

海外小説だけをまとめた棚がある。
著者名順に並べられている。
こういう並べ方をすると、ハヤカワ文庫の在処がよくわかる(笑)
ヒギンズを探すが、ない。
ならばマクリーンは?
32刷の『女王陛下のユリシーズ号』があった。
迷ったが、棚に返す。

ウィアー『火星の人(上・下)』もある。
試し読みしてみる。
いつも、評判だけで買って失敗する。
立ち読みすればいいのだが、それすら面倒くさいと思ってしまうのである。
『火星の人』は、よさそうだった。
けれども、また棚に返した。

何か月か前に買ったアーチャーもまだ読んでないし、いたずらに積ん読を増やさんでもええやないか。
というわけで、手ぶらで!帰る。

電子書籍の話に戻る。
悩んだ結果、コミック版『All You Need Is Kill』を買って、全2巻をダウンロードした。
コミックはタブレットで読むのに適している。
見開きで画面構成してあるところは、やや問題が生じる。
その場合は、端末の向きを回転させることで見開き表示できる。

図書館に返すヘイズ『ピルグリム・1』を先に読まなければならないのだが、『All You...』に手をつけてしまい、一気に2巻を読み終えてしまった。
この作品はトム・クルーズ主演で映画化された。
それを先に観ていたのだが、脚本は原作をかなり書き変えている。
コミック版(桜坂洋原作の同題ライトノベルを漫画化したもの)と映画では、観賞し終わった後感がドライとウェットで異なる。
どちらがドライかウェットかということは、書かないでおく。

 

2017/10/13

タイムスリップものを読む?-->


昔『タイムトンネル』という、洋もののテレビドラマがあった。
楕円状の短いチューブを、間隔をあけて並べてあって、それらがチューブの穴の側からはトンネルのように見えるタイムマシン。
それがタイムトンネルだった。
その入口は、人が立って入っていけるほど大きくて、奥に進むほど小さくなるように見える。
このマシンが事故で科学者を過去へ送ってしまい、なかなか現代に帰ってこれないという話だったと記憶している。

時間旅行というテーマは、H・G・ウェルズの『タイムマシン』以来、サイエンスフィクションの王道である。
ヴァリエイションも数多ある。
3分だけ未来が見られるとか、同じところを何度もリプレイするとか、そこに恋愛をかけ合わせたり……
自分が好きなのは、ヨーロッパの中世にタイムスリップするってゆうやつ。

映画化されたマイクル・クライトン『タイムライン』(1999年)は、SNSみたいなタイトルだけれど、現代と中世のフランスを行き来する話だ。
SFだが、甲冑の騎士が登場してきて戦う。
この作品は、なかなかよかった。



表紙絵はもちろんニコイチ




















スーザン・プライス『500年のトンネル』という作品が『タイムライン』とは同工異曲だが、1年先に出ている。
こちらのトンネルは、巨大な土管が山に突き刺さっているイメージのタイムマシンで、その名も「タイムチューブ」である。
スイッチを入れて、現代の側からチューブを通って向こう側に抜けると、そこは16世紀のイギリスという設定。
創元推理文庫の上下二巻本を、いつ面白くなるかと期待をしつつ読み進み、最後まで行ってしもた。

さて、ここにガバルドンという作家の『アウトランダー』というシリーズがある。
これまた200年前のイギリスにタイムスリップする話で、他社の文庫だったのがハヤカワに移籍して出ている。
食指は動くが『500年…』の失敗があるのでチュウチュウ、ぢゃなかった躊躇している。

 

2017/10/08

ピンクの豚を食いそこね-->






















秋とは思えぬ陽気の日曜日。
吹田市立吹田スタジアム(くどい!)で、Jリーグ杯争奪戦の準決勝第2戦が行われた。
通称はルヴァンカップである。
地元ガンバ大阪の対戦相手は、同じ大阪の名を冠した(否、下に付いてるぞ)セレッソ大阪である。
いわゆるダービーマッチだが、ちょっと意味合いが微妙である。

その理由は。
セレッソが大阪市をホームタウンとしているのに対して、ガンバは大阪市ではなく大阪府北摂の数市をまとめてホームタウンとしているところにある。
セレッソ側が、我こそが純正の大阪であって、ガンバは「ガンバ北摂」または「ガンバ吹田」やないかと、常に揶揄しているのである。
このことについてはセレッソ側の主張に分があるように思われるが、それを大っぴらに言うと、身内に袋だたきにされそうで怖い。

日本リーグ時代まで遡る。
チームは企業の丸抱えで、というより蹴球協会に登録した企業内のフットボールクラブが、リーグ戦を行なっていたという方が正しい。
基本的にアマチュアのクラブである。
釜本邦茂(ヤンマー)であろうが古田篤良(東洋工業)であろうが、その会社の社員という扱いである。

当時、ヤンマー(愛称は付かない)の人気が最も高かった。
その血統を受け継ぐのがセレッソ大阪であり、当然大阪から真っ先にJリーグに加盟してもらうべきチームだったが出遅れた。
そのために最初期のブームの時にファンを取り逃がしてしまった感がある。
ミスター・ヤンマーとも言うべき釜本邦茂をも、ガンバの監督に奪われてしまった。























セレッソのサポーターが掲げるスローガンの一つに「Real Osaka」というものがある。
Realを、スペインの有力チームが冠する「Real(レアル)」と「真の」という意味の英語にかけている。
大阪市の市花である「桜」をチーム名とし、ユニフォームの色もピンクである。
セレッソ大阪を見下したいガンバ大阪のサポーター達が、彼らのことを「ピンクの豚」と呼ぶ所以である。
個人的には、可愛い名前だと思うがな……

それはともかく。
ダービーであろうがなかろうが、試合をするからにはピンクの豚を食って、勝たねばならぬ。
勝ちたいが、仮に引き分けでも0-0または1-1ならば、決勝戦に進出できることになっている。
前半、セレッソが先に得点して0-1。
後半、ガンバが得点して1-1。
ガンバは守備の選手を交代で入れて、逃げ切ろうという策に出た。
自分が監督なら、駄目を押しに行くがな。
90分を経過して、ロスした5分が追加された。
電光掲示板には追加時間の経過は表示されないので、ストップウォッチで計る。
残り30秒から、さらに時計は進む。
セレッソ・水沼から木本に弾丸クロスが通り、ヘディングシュート炸裂。
1-2となった。
残り十数秒で2点を入れ返さなければ勝ち目無し、ということで万事休す。

この試合、マッチコミッショナーは古田篤良。
ガンバ大阪は今年度無冠が決定した。

 

2017/10/01

インフルエンザぢゃない?-->


九月を飛ばして十月に入った。
秋になると襲来するのがカメムシである。
ここのアパートでよく見るのは体長が約15ミリで、黒いスクデット(盾)の形をしたやつである。
臭いにおいを放たなければ、なかなかいいデザインの昆虫なのだが。
カメムシの知能がけっこう高いのではないかと思わせるのは、ヴェランダに置いてある自転車のタイヤ部分に張り付いたり、構造物の陰で身をカムフラージュしているのを発見したときである。
そして、一匹見つかると、たいていもう一匹が近くにいて、こいつらは二匹一組で行動しているのではないかと思われるところがある。
排除したいのだが下手に触ると悪臭を放つので、「冷凍スプレイ」を使って、瞬時に冬眠させてしまうことにしている。

九月末日。
Jリーグ1部の第28節の試合が行われた。
前節まででガンバ大阪は40ポイントで第8位。
首位は61ポイントの鹿島アントラーズである。
残り7試合でポイント差21、ということは……
ガンバが優勝する可能性は無きにしもあらず(笑)。
今節の相手は第5位の横浜F・マリノスだ。

いつものようにMTBで万博公園まで走る。
チェインに潤滑油をさし、タイヤに空気を足すのは、いつもの通り。
モノレイルの駅の下に駐車して、スタジアムまでを歩く。
スタジアムの駐車場にとめると、帰りは観客の雑踏を抜けられなくなるのである。

キックオフまで2時間以上ある。
エキスポランドの跡地にできた商業施設「エキスポシティ」に入る。
出来心?で入店したadidasのショップで、紺色のジャージに目が留まる。
上下で2,800円!
元値の七割引である。
まったく予定していなかったのに、買ってしまった。

試合を観ていたら、寒気がしてきた。
買ったばかりのジャージを羽織ってもまだ寒い。
そう思っているうちに手指がしびれだした。
これはインフルエンザの初期症状ではないか……?
ハーフタイムにサンドウィッチを一つ食べ、常備している沈痛解熱剤を飲んだ。

動けるうちに帰ろうと決心して、スタジアムを出る。
タクシーで帰ろうか、いやいやそんな金はない。
MTBでそろっと走ろう。
という訳で自宅までたどり着いた。
MTBを置いた階段の踊り場にカメムシがいて、ちょっかいを出したら臭いガスを吹きかけられた。
だから、触ったらあかんって。

インタネットで、試合の結果だけを見る。
後半になってから0-1、1-1と推移して、最終的に1-2で敗戦。
優勝の望みは絶たれたのであった。

体調は、一晩でほぼ回復した。
インフルエンザではなかったのか?

 

2017/09/02

iOSは禅の境地にあらず-->



「ギガが減る」という表現は、言い得て面白い。
格安SIMを導入してから、ウェブ上に設定されたユーザページで、自分の使用量をチェックするたびに、同じこと(残り何ギガ?)を感じていた。
契約したのは5GBのプランで、動画視聴時間が多くならなければ、不足することはない。
音声通話は見切ったのでデータ通信オンリーのプランだが、月額1,210円だった。
安いこと、この上、ぢゃなかった、この下ない。

現在は、都合によりSIMをもう一枚買い足して、2枚の合計で8GBまで使えるプラン(月額1,980円)にしてある。
2枚目のSIMは携帯型の無線ルータに導入、先代のiPad miniとWi-Fiで接続している。
このiPadはSIMロックがかかっているので、新しいSIMとの差し替えはできないのである。

つまるところ「iPad mini + 無線ルータ」と「iPad mini 2 + iPhone SE」という二輪体制ができたわけで、前者を実家の母に預けている。
預けたが、まったく使えていない。
PCの操作にようやく慣れたのに、さらに新しい機械の操作には追いつけない、といったところか。
使えるようにしてやりたいが、iOSはジョブズが言うほど解りやすくはなく、教わるのも教えるのもむずかしい。

それで思い出したが、Palm OSの方が易しかった。
ディスプレイの解像度は低く、スタイラス必須だったが、操作がシンプルだった。
「禅」の思想において、iOSを凌駕していたと思う。


日本語版最終モデルのPalm m515。SDカードでBluetoothに対応した















 

2017/08/31

電話ぢゃないiPhone-->


突発性難聴になって耳の聴こえが悪くなったが、前から性能の低い耳だった。
携帯電話の音が聴き取りにくいのである。
安もん買い、と揶揄されながらPHSを好んで使っていたのは、抜群に音質がよかったからである。
ベータがVHSに駆逐されたのと同様にPHSが姿を消すことになったのは残念である。



SHARP製のスマートフォン「W-ZERO3」。2007年の我が愛機


















それはともかく。
電話機は好きだが通話は苦手、というけったいな理由で、電話を携帯するのをやめてしまった。
その辺りの経緯は、前にも書いたと思う。
iPad miniのWi-Fi+Cellularモデルに買い替えたのである。
キャリアはSで、SIMロックがフリーではない頃のモデルだ。

iPad miniは、ほぼA5サイズ。
これをルースリーフノートのバインダに挟みこんで、携帯することになった。
到底ポケットには入らない。
つまり、手ぶらでは出歩けないことになってしまったのである。
それが我慢できない、というほどのこともないのだけれども。

電話を携帯しなくなったことで、お前は連絡がつきにくいという苦情が二、三あったけれども、こちらはどこにいても電話がかかってくる不愉快さが無くなって、気楽になった。
それに、Eメイルは随時送受信可能である。
また、iOS端末同士なら「FaceTime」アプリで交信可能のはずである。

二年後。
iPad miniを、SIMロックフリーのiPad mini 2に買い替えた。
その理由は「格安SIM」を導入するためである。
これによって毎月の通信費が四分の一ほどに激減し、マシン買い替えの元はすぐにとれたのである。

現在。
iPhone SEを買い足した。
24回分割払い・金利ゼロ、というのに惹かれて(爆)
iPad mini 2に導入したSIMを、iPhone SEに移植した。
このSIMはデータ通信専用のものなので、キャリア経由の音声通話はできず、FaceTimeは使えるという事情には変わりがない。

iPhone SEは、わが家の無線ルータとして働いている。
Wi-Fiマシンに堕したiPad mini 2とデスクトップのMac miniを随時接続している。
iPhone SEだけを持って外出することもできるようになった。
iPhoneを携帯してるのに、電話はしない。
そんな奴、おる?

 

iPhone SE。Spigen製のケース装着済み。横持ちして、親指入力を行う


















2017/08/29

腹立半分日記by筒井康隆-->


今さらながら『腹立半分日記』を読む。
白状すると、筒井康隆作品は今まで、まったく読んでいない。
高校生のころ、同級生が筒井作品にはまって、ええでええでと騒いでいた。
こっちは五木寛之や畑正憲(ムツゴロウ)のエッセイを好んで読んでいた。



装幀:山藤章二



ほぼ40年前の本だが、古いがゆえの再発見・再確認ができて、面白い。
レトロスペクティヴというやつである。

本体というべき「腹立半分日記」は、著者が雑誌『面白半分』の編集長を務めていた期間、同誌に連載されたものをまとめたものである。
そこに、サラリーマン時代(乃村工藝社)やSF作家としてデヴィウする頃、その他の日記を加えて一冊の本にしてある。

「SF幼年期の中ごろ」と題された日記群は、昭和39(1964)年11月18日から始まる。
奇しくも、小生9歳の誕生日である。
著者はこのころ、千里山にある両親の家にいたと書いている。
その千里山に、当時小生も住んでいたのである。
もっと言えば、小生が通った小学校に、筒井少年もかつて通っていたのである。

また、筒井の作品を、ラジオで酒井哲が熱演、という記述が出てくる。
酒井は俳優でナレーター。
うちの家族と同じ団地(小学校に隣接している)に住んでいた。
息子の充(みつる)とは同級の友だちだったので、親父さんとも何度も顔を合わせている。
知った土地、知った名前が出てきて懐かしい。
もっぺん書くけど、レトロスペクティヴというやつである。

筒井家は、男ばかりの四人兄弟。
上から順に、康隆、正隆、俊隆、之隆という名で、これを間違わずに入力できたのは「や・ま・と・ゆ」と語呂合わせをしておいたからである(笑)
四男の之隆氏とも、少ないながら出会いがあった。
彼は読売新聞大阪本社の広告局に勤務していた時期があって、そこから仕事をもらっていた印刷会社の担当営業マンが、小生だった。

それはともかく。
本人は、
「いやなことや腹立ちや自己嫌悪や何やかやを吐き出すため、しかたなく(後略)」
と書いているのだが、作家が、人に読ませるために書く日記だから、面白くないわけがない。
偏固ジャーナルとはわけが違う。
最後に、小生が最も面白く読ませてもらった1976年のある日の記述を引いて終わる。

11月27日(土)
黒田先生に健康診断してもらった結果は、中性脂肪が287とのこと。普通は160ぐらいでなきゃいかんらしい。コーヒーと酒はやめろと言われてしまった。飯を食い過ぎてもいかん。血圧も高いからタバコをやめろ。ではいったい、何を楽しみに生きたらいいのだと、家へ帰ってからわめき散らしていると、妻が言った。「わたしがいるじゃないの」
 


2017/08/28

オートチャージしてもうたん?-->


スルッとKANSAIが発行していたプリペイドカードが販売を終了した。
ICカードタイプの電子マネー「PiTaPa(ピタパ)」が普及したためだ。
私鉄系のPiTaPaは、JR(これも私鉄だけど)系の「ICOCA(イコカ)」との連携をはたし、どちらの改札をも通ることができるようになった。

PiTaPaが完全なポストペイ式(後日まとめてクレジットカードで決済される)であるのに対して、ICOCAはプリペイドと同様の支払い方式である。
したがって、ICOCAのカードには、あらかじめ幾ばくかの金額がチャージされていないといけない。
そのチャージを何度もできるところが、従来のプリペイドカードとは違う。



隠れているのは、いわゆる提携カード



わが母が、プリペイドカードの愛用者であった。
新しいものぎらい?の彼女も、やっとPiTaPaのユーザとなる日が来たのである。
煩雑な申し込み手続きは息子の役目であるが、俺にとってもやーこしい。
オートチャージの仕組みが理解できないまま、申し込んでしまった。

PiTaPaのICカードには、最初(データとしての)お金が入っていない。
初めて改札口を通るとき、自動的に2,000円分のデータを書き込んでくるのである。
それがオートチャージという仕組みで、JR線を利用するための「担保」を先取りするわけである。
母はこれが大層不満で「私はJRなんか、めったに乗らへんのに」というわけである。
これには俺も責任を感じる。
オートチャージ不要、で申し込みをしなければならなかったのだ。

最寄り駅のPiTaPaの窓口まで行って、オートチャージの設定を解除してもらった。
それでも、いったん入金した2,000円が返ってくるわけではなく、PiTaPaカードの期限が切れたら返ってくるということだった。
その期限が2025年、遠い未来である。

息子、一計を案じる。
JRの駅で切符を買って(PiTaPaカードにチャージされているお金で買うことができる)払い戻しを受ければいいのだ!
うまいこといくかいな、駅員に不審がられへんかな、払戻手数料とられへんかな、といろいろ心配する。

ネットで調べたら、最近の券売機には払い戻し機能がついているようだ。
大阪経由で神戸に出かける日、西口の券売機でチャレンジした。
問題がいろいろあった。
・2,000円ちょうどの行き先がない
・1,000円ちょうどの行き先がない(2枚買ってキャンセルする場合)
970円を2枚買って我慢するか、と考えていたところ「500円」のボタンを見つけた。
4枚買って、払い戻し用のスロットに入れたが、機械に拒否されてしまった。
どうやら、ICカードで買った切符は、機械による払い戻しに対応していないようだった。
やむを得ず、係員を呼び出して、改札口で払い戻しをしてもらった。
1枚ずつ端末に挿入して、その度に500円玉1枚が戻ってくる、というのを4回繰り返さなければならず、恐縮する。
怖い顔をした女性の駅員だったのだ。

きっかり2,000円奪還したが、母にはまだ返していない。

 

2017/08/27

ケニヤの紅茶に恋して-->


母がケニヤを旅したときの土産だから、十年以上前のことである。
その土産というのは、紅茶だった。
袋をあけてみると、いかにも安っぽい「粉茶」だったので、
「こんなもん、いらんわ」
と言って、突っ返してしまったのだ。




























とにかく色濃く出せればいい、というティバッグの中身のような茶だった。
見かけは、である。
後日、実家の母がいれてくれたその紅茶の味に、打ちのめされた。
柑橘を彷彿させる香りと味を備えているが、それはアールグレイのように香り付けをされたものではなく、茶だけの味である。
紅茶を専門に飲んできた何十年間で、初めて経験する味だった。
今まで飲んだことのあるどの紅茶よりも、おいしいのである。

母に平身低頭して、残りの茶を譲ってもらい、飲み続けた。
ストレイトの抽出液は濃度が高く、ミルクティにしても充分楽しめる。
そして、風味が爽やかである。
一度飲んだらやめられない、麻薬のような……
ひょっとして、ケニヤの茶葉は麻薬の成分を含むのか?

茶の木は、寒暖差が大きくて比較的湿潤な高地を好む。
条件が合えば、インドでもスリランカ(セイロン)でも、ケニヤでもいい紅茶ができるという理屈である。
しかし、ケニヤの紅茶の味わいは、他の土地のものとは、まったく異なる。

大きな問題は、もらった袋の紅茶を全部飲んでしまったら、補充がきかない、ということだった。
ケニヤに買いに行く以外、方法はないのか?
というわけで、国内でケニヤ紅茶を扱っている業者を探す旅が始まったのである。

大阪・堂島に店のあった「ティハウス・ムジカ」が袋売りしていた紅茶の中に「アフリカン・ジョイ」というものがあった。
中身はケニヤだということなので買って飲んでみた。
インド産といっても通る味だった。
つまり、国内に出回っている一般的な紅茶と変わらない。

それ以来、紅茶の袋の原産国名表示を見て回る日々が続いた。
二年ぐらい前、成城石井ストアで「fine KENYAN HIGH GROWN LOOSE TEA」を見つけた。
「Williamson Tea」というブランドで売られている輸入品である。
これが、かなり母の土産の味に近かった。
今月、阪急・岡本駅近くの雑貨屋で、偶然Williamson Teaを見つけた。
今回買ったのは「HIGH GROWN KENYAN LOOSE TEA」と少し名前が異なる。
味は、自分が求めているケニヤのものとは違った。

今年になって、ドンピシャの味を提供してくれたのが「ひし和」である。
ティバッグとCTC(葉を粒状に丸めたもの)でケニヤ紅茶を販売している。
ティバッグの方を飲んだら、求めているケニヤの味だった。
やっとたどり着いた。

ところが。
ティバッグを全部使い果たし、CTCを買って飲んだら、普通の紅茶だった。
あわててティバッグの方を買い直して飲んだら、こちらも普通の紅茶だった。
そんな阿呆な……
プルクワ?

ケニヤ紅茶を探す旅は、また振り出しに戻った。


 

2017/08/22

さらば墓を守るトカゲ-->


電気の供給元を変更した。
ずっと地元のK電力から買っていた。
8月から値下げしてくれることになっていた。
しかし。
値下げの根拠は、原子力発電所の再稼働にある。
もし、K電力以外の選択肢があるのであれば、脱原発に賛成の立場の者としては、そちらを選びたい。
それが見つかった。
ガスを売る会社が電気も売っているが、そこではない。
太陽光で発電する電力会社があったのである。

それはともかく、お盆の墓参りの話の続きである。
墓石の花立てに水を満たして洗っていたところ、底からオーバーフロウしてくる物体があった。
小さいヤモリの死体であった。
誤って花立ての筒の底に落ちてしまったのだろう。
彼(or彼女)の能力をもってしても、つるつるの筒(樹脂製)の中を登ることはできなかったのだ。

ここは墓所であるし、生き物の亡骸を粗末に扱うことはできない。
そう思い、墓所の空地に立っている木の根元に小さな穴を掘って、埋葬したのである。

その翌日。
自宅アパートの窓に張りついているヤモリを見つけた。
昨日埋葬したやつとそっくりだ。
ガラスの向こう側だが、網戸の内側である。
ということは家の中だ。
どっから入ってきたのか。
ともあれ、やんわりとお願いして、外に出ていただく。

ヤモリへの対応がソフトなのには理由がある。
ヤモリは家守と書くように、守り神的存在である。
生物学上は爬虫類、トカゲの一種なので、気色悪い!と思う人も多い。
しかし調べてみると、まったく無害で、害虫を捕食してくれる「いい奴」なのである。

アパートの建物の外側には、ヤモリが住めそうな「隙き間」が随所にあって、そこで繁殖をしているらしい。
最初に出会ったときこそびっくりしたものの、しょっちゅう見るようになって慣れ、親近感さえおぼえるようになった。

という訳で、墓地で死んでいたヤモリよ、君も安らかに、と願う。

 

2017/08/16

お盆の墓参り-->


お盆とはどういう意味か。
「盆」という字自体には、この仏教儀式の意味は見出せない。
なぜならば、梵語の音に漢字をあてているだけだからだ。
要するに、亡くなった人たちを、お寺に集まって偲ぶ会のことと思えばよろしかろう。

菩提寺のKでは、ご多分にもれず「盂蘭盆会(うらぼんえ)」をこの時期に開催し、檀家信徒衆を一堂に集めている。
わが家は、この混雑を嫌い、わざと法要の当日を外して墓参りに行くのを最近の常としている。

母は、体がえらいと言って、ここ二年は来ていない。
さもありなん、盛夏の墓地ときたら、灼熱地獄(おっと失礼)である。
墓参りに来て倒れられたりしたら、大変だ。

という訳で、単独で墓参する。
あらかじめ、出発地近くで供花を買い求め、地下鉄に乗り、大阪市内某所のK寺まで行く。
時刻は午後三時ごろ、太陽が真上をやや通り過ぎるのを見計らってのことである。

武田家の墓は、隣り同士の分家のものを合わせて八基あるので、掃除も大変だし、供花の数量も尋常ではない。
体力も経済も消耗する道理である。























武田家の出の叔母が、六月に突然亡くなった。
独居しており、訪問してきたヘルパーによって発見された。
多分心臓発作を起こしたのだろうという医師の見立てだった。
叔母の兄である私の父も、独居中おそらく急性心不全という亡くなり方だったので、血は争えない。
叔母にとっての初盆にあたるが、彼女はカソリック信者になったため、お盆らしい儀式はなされない。

墓地の隣もまた、お寺である。
向かいも、そのまた隣もお寺である。
この辺は寺町なので当然だ。
隣の寺の方が羽振りがよくて、三階建ての宿坊を新築中なのである。
その三階に取り付けるはずの樋受け金具が、屋根の端から落ちて、こちらの墓地の塀の上に突き刺さっていた。

墓参りを終えて帰る途中、引き抜いておいた樋受けを、隣で作業中の棟梁に届けた。
「隣の寺の檀家のもんですが、こちらの墓地にお宅の樋受けが落ちてましたで」
「はあ、それはえらいすんません」
「人に当たらんでよかったですな」
嫌味を言って去る私。
仏の心は、いずこ。