2016/02/28

Jリーグ1部開幕


2016年2月27日土曜日、1試合をのぞいてJリーグ1部が開幕された。
その8試合のうち、ホームで勝ったのはサガン鳥栖だけだった。
翌る日、ガンバ大阪対鹿島アントラーズの試合結果は0-1、ここでもホームチームは勝てず。
新スタジアムでの記念すべき公式戦で、チームはクルヴァのブーイングを浴びることになった。






勝って喜ぶサポーターに挨拶した直後のアントラーズの選手たち




 

2016/02/26

『悲愴』と二・二六事件


『本の雑誌』への投稿を、ほぼ毎月している。
最近はあまり採用されないが……
もったいない?のでボツ原稿をリサイクルしようぞ。

投稿のタイトルも『偏固ジャーナル』なので、ブログ版と『本雑』版が存在することになるが、ダブりはないのである。
(以下、改行位置をブログ用に変更)

△偏固ジャーナル忘月。
隣に引っ越してきた人が出すノイズに悩まされている。
直接会って苦情を言うのが正攻法だが、対決を嫌って次善の策をとることにした。
PCでiTunesを起ちあげてBGMを流す。
ハードディスクに収められたリッピングデータの音源であるCDはB●●K・●FFに売り払い、一枚も残っていない。

陽の高いうちならボッサノーヴァを聴く。
隣室の音を遮りつつも読書の妨げにならないようにインストゥルメンタルの曲を選ぶ。
ところが今読んでいる本にラテンアメリカのノリが合わないのである。
そこでiTunesの検索窓にclassicalと打ち込むと、わがコレクションの中からトップでヒットしたのがチャイコフスキーの交響曲第六番『悲愴』であった。

小雪舞う早暁、首相官邸に反乱軍が討ち入りを果たす場面のBGMとして『悲愴』がまさにおあつらえむきだったのが『大日本帝国の興亡』である(つまり討ち入りとは二・二六事件)。

翻訳以外も読むんかいと突っ込まれそうだが、著者はアメリカ人のジョン・トーランドで毎日新聞社訳のレキとした翻訳本(全五巻)である。終戦とほぼ同時に設立された早川書房が七十周年企画として旧版に加筆してリメイク(価格は二〇〇五年比で六割七分六厘アップ)した。
私がすすめる一冊(五冊)および二〇一五年のベスト2(注:ベスト1は『街で出会った欧文書体実例集』)でもある。
(武田伴兵衛・ハヤカワの宣伝マンか59歳プラス1・豊中市)

終戦から71年。
開戦はその4年前、二・二六事件はその5年前のことだった。


 

2016/02/25

日本橋ショップツアー


(長文)
電子バナーの部品を買う必要が生じて、大阪市内に出かける。
たいていのものはネット通販で間に合わせる。
買いに出かけると、通販の送料よりも交通費の方がかさむからである。
今回はネットで見つからない部品を求めてのツアーである。

求めているのは何かというと、単3形電池をタテに2本直列収納するケースである。
こんな単純なものがネットで見つからないとは意外である。
以前購入したことのあるリアルの店を目指す。

地下鉄で難波まで行く。
ここから日本橋(ニッポンバシ)の電器屋街までは少し離れているが、途中の店店をのぞきながらぶらぶら歩くのがいつものスタイルである。
電器屋街に足を踏み入れたのは今から四十数年前、中学にあがったばかりの頃である。
当時、深夜放送をトランジスタラジオで聴くのが中学・高校生の間で大流行していた。
番組そのものやレコードをテープに録音して楽しむことも続いて流行した。

ラジオやテープレコーダを買うなら日本橋で、というのが我我の合言葉だった。
まとまったお金を持って店から店をまわり、目当ての製品の販売価格を比較していた。
価格ドットコム・オン・マイ・フットであります。
子どもながら、値切るということを当たり前にやっていた。
先輩たちに、そう教わっていたからである。

現在の難波に戻る。
高島屋百貨店の真下から地上に出て、日本橋方面に歩き出す。
銀行を襲い、口座から軍資金を引き出す。
銀行を出て少し行くと、厨房や飲食店向けの商品を扱う道具屋筋商店街を通る。
自宅の台所用品の過半はここで購入したものたちである。
陶器を主に扱う店にふらりと入る。
姿形のいいラーメン鉢があれば買いたいけれど……
三つの店をはしごして何十鉢も拝見したが、気に入ったものなし。
妥協を許さぬこの性格、なんとかならないか。
(なりまへん)

道具屋筋を抜けると日本橋エリアである。
大昔は家電とオーディオ、ちょっと昔はPC、現在は携帯電話とメイドカフェといった店が目立つ界隈。
自分でラジオやオーディオ機器を組み立てるマニアのための部品屋も、昔は大通り沿いに店を開いていたのである。
ニノミヤ無線しかり、サトーパーツしかり。

マニアの呼称はいつの間にかオタクと変わり、その人たち向けの店は大通りから一、二本裏の通りへと移動したのである。
今回目指すのは、そんな裏通りにある店店である。




千石電商で電池ケースを買う。交差点の向こう側にマルツが見える






















裏通りだけれど、道幅は広い。
信号を左に折れて少しのところに「DIGIT(デジット)」、右に折れて大通りに当たる角のところに「シリコンハウス共立」という店があり、写真の店と合わせて4店をはしごする。
同じ商品でも店によって価格に幅があるのは当たり前なので、足を使って調べ、最も安い店で買う。
ネットでこれをすると送料が店の数だけかさむので、実店舗ツアーならではのメリットがここにある。

千石電商で、目当ての電池ケースを購入。
とりあえず1個あれば用は足りるのだが、4個まとめて買っておく。
他にユニヴァーサル基板(部品をのせる)、プラスチックのケース(基板を入れる)を購入。

マルツ(元は丸通という名前)はパスしてDIGITへ行く。
この店のみが昔の部品屋の風情を現在まで残している。
抵抗器1本(120オーム)、積層セラミックコンデンサ10個(0.1μファラッド)、セラミック発振子4個(8MHz)、ICソケット4台(28ピン)、スペーサー12本(基板取付け用)を購入。
Arduinoに搭載されているのと同じマイコンを見つけたが、生の状態で600円は高い。

パスしたマルツに入店。
さきほどのと同じマイコン、しかもブートローダ書き込み済みの状態で420円。
3個まとめて買ってしまった。

一番大きな店、シリコンハウス共立へ行く。
エスカレータで昇り降りする立派なビルヂングである。
プッシュスイッチ1個(押すたびにON-OFF切替え)、トグルスイッチ1個、ピンソケットいろいろを買う。
プッシュスイッチが250円、そのサイズに比すと非常に高価だが、電気で動くものにスイッチがあるとないとでは格好の良さが違う。
ものによると、電池ケースに電池を入れることがスイッチオンとなったりするのである。

井之頭五郎ぢゃないけれど、腹が減った……
最近数が増えたコンビニエンスストアに飛び込んでパンを二つ買う。
イートインというスペースに席を借り、帰途のエナジー補給。

ジュンク堂千日前店に入る。
部品屋よりも買いたいものの多い、危険な店である。
講談社のブルーバックスの棚でRaspberry Pi(ラズベリーパイ)関連の入門書を検索。
Arduinoはたんなるマイコンボードだが、こちらはレキとしたコンピュータだ。
電子工作関連の棚も検索したが、一冊も買わずに退店。





千日前店閉店のお知らせ。他のジュンク堂とダブるからか?





















この店の向かいに「なんばグランド花月(NGK)」があって、人通りが多い。
ジュンク堂を出て、NGKとは反対方向にあるゲームセンターを通り抜けて帰るのが常である。
そこでゲーセンを抜けて……のつもりが、いつの間にかゲーセンはパチンコパーラーに模様替えされていた。
そこを通り抜けたとき、体中が煙草くさいのに気づいた。

戎橋筋から心斎橋筋へと、東アジアの人たちの群をかき分けながら歩いた。
都心にしか店のない「GU」に入る。
フランネルのパジャマを、約2,000円で買う。
ターンブル&アッサーによく似たデザインのパジャマがあるのだが、そちらは20倍の価格である。
ブラボー、GU。

改装中の大丸百貨店の下から地下鉄に乗り、帰る。


 

2016/02/18

ひさびさに掲載


『本の雑誌』2016年3月号に、偏固ジャーナルからの投稿が採用された。
毎月せっせと電子メイルで送稿しているのだが、ここのところ「打率」が低迷していた。
久しぶりのヒットというわけだ。
毎回、本にまつわる話を短いエッセイに仕立てているが、今回はナベサダがテーマだった。

ナベサダこと渡辺貞夫が航空機の中で、北原亞以子あての手紙を書いている。
北原とは『深川澪通り木戸番小屋』という時代小説シリーズなどの作者であり、このブログを書いている時点ですでに故人となっている。
渡辺は、作者自身か編集者に依頼された北原作品の解説を、ヨーロッパの公演先からの帰途、書こうとするのだが……

ナベサダという人は、本業のジャズ以外に写真の腕前でも評価されているが、文章の方もたいしたもんやということがわかるのである。




















 

2016/02/15

杮落とし


こけらおとし、である。
春のごとく暖かい2月14日、市立吹田サッカースタジアムにおいて、杮落としの試合がガンバ大阪と名古屋グランパスの間で行われた。
市立といって、どこの市かといえば吹田なので、正式には吹田市立吹田サッカースタジアムという名称になるのか。
偏固ジャーナルでは独自に(勝手に)「万博フットボールパーク(Expo Football Park)」と呼んでいる。

VIPの友人からの招待を受けて、彼らが利用するラウンジ付きの席で観戦することができた。
いつもの調子で、受付開始直後に入場したのだが……
VIPがそんな早い時間にスタジアムに行かないということは、自分の頭の中にはなかった。
という訳で、VIPラウンジはまったく受入れの準備ができていない状態だった。
対応できるスタッフをようやく見つけ、ラウンジのすぐ内側(つまりフィールド側)の指定席に座らせてもらうことになった。



VIPラウンジに一番乗り。早過ぎて迷惑な客だった



















ラウンジから観覧席へ出られる




















フィールドでは前前座の、ジュニアの試合が行われていたので、観戦する。
それが終わると、前座の試合があり、それも観る。
ガンバOBの中山悟志と山口智ご両人の引退試合である。
天才・礒貝洋光をはじめ、ガンバに縁のある人たちが顔を揃える。
初代監督の釜本邦茂、「FOOT x BRAIN」の勝村政信、松平健の各氏もゲスト参加した。
引退する二人に花束を渡したのは、ガンバの遠藤キャプテンと、対戦相手の名古屋に移籍した明神選手。





本戦前、整列したG大阪と名古屋のイレヴン




















バック側スタンド。前前座試合中の図




















スタジアムへのアクセスは「最悪」。
最寄りのモノレイル駅「万博記念公園」からダイレクトに歩ける道を、昨年11月にオープンした「EXPOCITY」にさえぎられ、迂回路を延々と歩かされる。
試合終了後、スタジアムから駅までの長蛇の列ができた。
牛歩で進むこと20数分、駅に着いてからホームに降り立つまで、さらに30分。
入線してきた列車を1本見送って、やっと乗車。
イワシの缶詰め状態で帰った。
予想した通りの混雑だったが、うんざりである。


 

2016/02/12

Remake: プロトタイプ01


専門のベイカリーではなく、一般の市場で気に入ってよく買うフランスパンがある。
小麦粉が原料の製品が軒並み値上げをするなかで、ずっと同じ値段で売られている。
これはありがたや、というわけでまた買うのだが……
焼き上がりサイズが小さくなっている気がするのである。
(がくっ)

ところで、LEDマトリクスの話の続きである。
プロトタイプの一つ目は、実際にスタジアムに持って行き、パフォーマンスを確かめた。
陽光の下では、微かに点滅しているのが見えるだけで、何を表示しているかはまったく判らない状態だった。
という訳で、あっさりボツになった。
しかし、捨ててしまうのはもったいないので、本棚の片隅に置いておいた。

それから三年。
部品屋で手に入るLEDの性能が上がり(つまり明るくなり)、かつ安価になった。
そのLEDでよりパフォーマンスの高い電子バナーを作ることにした。
懲りていないわけである。

プロトタイプ01のLEDを新しいものに置き換えることは非常にやっかいなので、新規に作った。
その際のノウハウを活かして、プロトタイプ01を少し改良したのである。
ガソリンスタンドの価格表示を参考にして、LEDの光を拡散するケースにすべてを収めた。
ケースは100円ショップで手に入れた小物入れである。

メインボードも小さな互換機が新たに手に入ったので、全体を小さくまとめることができた。
しかも、これまた安価なのがうれしい。
Arduinoが3,000円ぐらいするのに対し、今回使用した最小構成の互換機はその四分の一ほどの値段なのである。




リメイクなったプロトタイプ01は半透明のケースに収納。全点灯した状態



















単四形の電池ケース、スイッチ、マイコンボード


















 

2016/02/08

プロトタイプ01


四年ぐらい前のことになる。
LEDのマトリクスを自作しようと思い立った。
その頃よく通っていたスタジアムの最前列の手すりに、横断幕の代わりに電子バナーを吊るそうという思惑だった。

市販品のLEDマトリクスは一体成型されているので、分解して中の構造を調べることは、素人には不可能である。
64個のLEDが8かける8のマス目状に並べられている。
背面には端子のピンが8本、上下に一列ずつ、合計16本突き出ている。
64個のLEDの点滅を、この16ピンで制御するのである。

LEDのメーカーのウェブサイトで調べてみると、各製品の仕様書がPDFで読めるようになっていた。
現物をリエンジニアリングすることは無理でも、仕様書が読めればOKだ。
その仕様書の中に、64個のLEDの回路図が記載されていたのである。
中学校のアマチュア無線クラブに所属していた頃から、回路図を読むのは苦手だ。
しかし、部品は脚が2本のLEDだけなので、つなぎ方さえ理解できればいい。
要は、LEDのプラス側の脚だけ連結して8行、マイナスの脚を連結して8列のマトリクスを作る。

脚の連結は、ハンダ付けで行う。
これまた苦手種目だ。
手先は器用だと自惚れていたのが間違いだったと思い知らされる時。

材料のLEDは、日本橋の部品屋で手に入れておいたものだ。
特売品で、ポリ袋にがさっと100個入れられたものが、1000円だったと記憶している。



とりあえず、これが最初にできたLEDマトリクス



















配線が終わった時の状態



















Arduinoそのものが取り付けられている



















LEDマトリクスの点滅を制御するプログラムは、他人が書いたものをウェブ上から拝借して、それに手を加えた。
Arduinoは、ハードもソフトもオープンソースなので、気兼ねなく使えてありがたい。

プログラムに手を加えた、と書いたが、回路図同様にプログラムもほぼ読めない。
少ないながら読める部分があって、そこには文字の形が64個のドットで記述されていたのである。
点灯するドットは「1」、消灯するドットは「0」で書かれていて「1」の部分をつなげると1個の文字に見える。
8かける8ドットのフォントならば、得意分野である。
こつこつ「1」と「0」を書き分けていけば、やがて文字列ができ上がる。
文字列を右から左へスクロールさせるのはプログラムの残りの部分がやってくれる。

こうしてプロトタイプ01、と今では呼んでいるLEDマトリクスは完成したのだが……
特売品のLEDは光量不足で、昼間のスタジアムではとても使い物にはならなかったのでした。


 

2016/02/06

立春をすぎて


ブログエントリー低調。
2015年12月は末日にやっと一件。
明けて2016年1月はゼロエントリー。

書く、と誰に約束したのでもなく、自分の正気を保つためという理由で始めたが……
他のことに時間をとられることが多くなってきた。
つぶやくぐらいならできるかも、とTwitterまですることになった。
140字なら、あっという間に書けるからね。

ちなみにTwitterのアカウントを作るのは三つ目。
140字で連載小説を書こうとしたが、中途挫折。
最新のアカウントは実名登録にした。
アプリ連携というやつで、ツィートしたらFacebookの方に自動的にアップされるようにした。
TwitterがFacebookと違うところは、スパンが広いこと。
つまり、閉鎖的でなくオープンで、一言つぶやくと世界中からリツィートがあるということだ。
ロシア人がリツィートしてくれたので、彼のところを覗きにいったのだが、一語も理解できなかった。

それはともかく。
今もっとも時間をとっているのが「電子バナー」の製作である。
Arduino(アルドゥイーノ)という、マイクロコントローラをプログラミングするボードを手に入れたのが事の始まり。
このボードのピンソケットにLEDを挿して点滅させるだけなら、ただの理科実験に終わる。
タテ8行×ヨコ8列(逆かな?)のマトリクス状に並んだLEDを順番に点滅させられることを知り、これはスタジアムで使えるのでは、と思いついた。

プロの試合で審判が使用する、交代選手の背番号や追加時間を表示するための電光表示板をイメージした。
あの表示板は数字のみを表示するが、そこに何らかのメッセージを「流したい」。
それがつまり「電子バナー」と呼ぶ所以である。

マトリクス状のLEDは市販されている。
前述のハチハチ(8×8)や、5×7、5×9、他のバリエーションがある。
8×8の製品で、大きくても60ミリ角なので、到底スタジアムでのメッセージ表示の役には立たない。
という訳で、LEDをバラで64個買ってきて、大きな枠に並べてマトリクスを作ることにしたのである。
この話、先が長いので、今回はここまで。





市販品のLEDマトリクス(60ミリ角)を基板に載せたところ


















 

2015/12/31

去る年


12月は一回のエントリーもなく過ごすところだった。
他にいろいろやりたいことがあって、書く暇がなかった。


▼こんなこと(A)とか、

















































▼こんなこと(B)とか。

































AもBも、LEDを使った「電子工作」で、もともとは自分がArduino(アルデュイーノ)という、マイコンを開発するボードに興味をもったことに始まる。


Arduinoとは、▼こんな姿をしている。



















イタリアの製品。
Duemilanove(デュエミラノーヴェ)は2009という意味で、製作年を示している。
逆さになったATMEGA328というマイコンチップにプログラムを書き込み、いろいろな働きができるようにする。
さまざまな関連ブログを読むうちに、マトリクス形状に並べられたLEDを使ってグラフィックを表示している人の記事を見つけた。
そういうことができるなら、スタジアムに持ち込んで応援のメッセージを表示することもできる、と思いついた。


紆余曲折あって、でき上がったのが作品Aである。
30センチ角の木枠を作って、その中にLEDを8×8のマトリクスに並べたものである。
プログラムは、他人が書いたものをアレンジして用いている。
A以前に、45センチ角のものを作ったのだが、Arduinoをボードごと装着したり、LEDの光量が不足したりといった不都合があって、成功には至っていない。
安くて明るいLEDが手に入ってできたAは、日中の試合でも使用に耐えるだろう、たぶん。


作品BはPOV(Persistent Of Vision)、つまり残像を表示する装置である。
8個のLEDを一列に並べて配置し、点滅させながら移動すると、空中にグラフィックが浮き上がって見える、という仕掛け。
これもB以前にはプロトタイプを作って、Arduinoのボードごと空中で振ると、見事に文字が「印刷」された。
プロトタイプを基に、小型化を図ったのがBである。
M製菓のロングセラー商品「チョコベビー」の容器にLED表示部、制御部、電源部をすべてしまい込んでしまおうという、無謀な企画。


年賀状づくりも、ここ何年も母のものと二人分なので、忙しい。
しかし今年は段取りよくいって、クリスマスには発送までを終えられた。




























とまあ、こんな感じで2015年はいんでしまうのであった……



 

2015/11/19

運転免許更新



毎年今頃になると「喪中欠礼」の知らせが届き出す。
東京の大叔母が亡くなっていたことを、亡父の従妹が私に知らせてきた。
97歳の大往生だったとのことだ。
大叔母は父方の祖母の弟嫁であった。

終戦の年、父は長崎の大学に在籍していた。
しかし、8月9日の原爆投下には遭遇していない。
夏休みで神戸に帰郷していたからだ。
戦後は復学せず、別の大学に入って上京した。
その際、大叔父の家に世話になっていたそうだ。
当時のことを父は少しも語らずじまいだった。
焼け跡の東京で、思い出したくない苦労があったのだろうか。

それはともかく。
運転免許の更新手続きをする。
更新日を忘れて失効させたことが過去に二度ほどもある。
うち一度は、そういう輩のために更新日を誕生日にすると定められた後になってだった。
要するに、自分の誕生日にこだわりがないから?忘れるのである。

今回は間に合った。
免許証用の証明写真を撮影する。
何十年ぶりかで、ボックスの中に座って撮影する式の証明写真を利用した。
前回は自撮りしたものを持参して更新申請したし、その前は写真屋のスタジオで撮ってもらったものを使ったのである。

「ボックス」が長足の進歩を遂げている。
撮影画像をプレビューできるようになっていて、気に入らない場合は撮り直しができる。
さらに、プリントする際の顔の位置の微修正までできる。
このボックスをプロデュースしているのは「DNPフォトイメージングジャパン」。
おそるべし、大日本印刷。

地元の警察署で申請。
前回と同じ場所にあると思いきや、建て直しのため仮庁舎に移転してた!
地図で探してミニヴェロで走るが、迷うこと迷うこと。
こういう時こそナヴィゲイタが欲しい。
以前はダウンタウンにあった警察署が、思いっきり辺鄙な場所になった。
大阪国際空港のネキである。
(注:ネキとは関西弁で「そば」のこと)
道を間違えて、滑走路の下にもぐってしまうところだった。




高さ61.5メートルの新管制塔が見える。遠景は六甲山系



















 

2015/11/17

SIMロック解除



こんなこと書いてもいいものだろうか。
女優のY・Yとキスする夢を見た(爆)
特にファンというわけでもないのになあ……

旧機iPad miniをショップで解約する際、SIMロック解除ができないか訊ねてみた。
「iPadは対応していません」という答だった。
つまり、他のスマートフォン(iPhoneも非対応)ならロック解除できるという意味だ。
3,000円ほどの解除手数料を払えば、他社のSIMを装着して再使用可能となる。
あわよくばiPad miniにもその道が開ければと思ったが、できなかった。
ただし、同じキャリアでの使用再開であればできるわけで、これもまた一つの縛りである。

Apple SIMが日本国内で販売されるというニュースが入ってきた。
スマホジャーナリストの石川温氏の記事の中に、気になる記述を見つけた。
「iPadを海外に持って行くとSIMフリーとなる」
えっなにそれ?
それを読むまでは、SIMロック解除というのはハード的なものだと思っていた。
たとえば筐体の蓋を開けてPINスイッチの設定を変えるとかの。
そうではなくて、キャリアがソフト的に縛っていたわけか……

ハードとか、ソフト的縛りとか、SIMぢゃなくSMみたいな話になってしまった。


 

2015/11/16

キャリアの縛り



iPad mini



















古い方のiPad miniは、以前使っていた革ケースに戻した。
そしてiPad mini 2は、システム手帳のバインダに挟みこんだ。
そもそもA5サイズのバインダに収まる、というのがiPad miniの購入を決めた理由だった。

ところで、キャリアの「2年縛り+自動更新」というのは世間的にも評判が悪いらしい。
個人的にはこの縛りでも構わないと思う。
ただし、2年が過ぎて自動的に契約更新された後は、いつでも無料で解約させてほしいものだ。

DMM mobileの格安SIMはどうか。
2年縛り、自動更新という約束事は見当たらない。
いわゆる通話SIM(音声通話ができる)の場合に、13か月未満で解約する場合は9,000円が必要であるという「縛り」はある。
今回選択したデータ通信SIMには、この縛りがない。
いつでも無料で解約ができるというわけだ。

格安SIMを導入して一週間、不満なく使えている。
通信速度も速い。
これにはしかけがある。
普通の速度と高速のどちらかのモードを選べるようになっていて、初期設定が高速になっていた。
モードの変更はDMM mobileのウェブにアクセスして行なうことができる。

速いということは、それだけジャブジャブ通信容量を消費しているというわけで、5GBプランの限界をすぐに超えてしまう。
というわけで、普通モードに設定変更した。
自宅では無線LANを使うようにすれば、DMMの通信量は節約できる。

なお、データ通信用とはいうものの、AppleのFaceTimeを使えば通話はできそうである。
まだ試してはいない。

 

2015/11/15

液晶保護フィルム





























新機のiPad mini 2に入っていたシステムがiOS 9.0だったので、9.1にアップデートした。
旧機のiPad miniは先に、8.4から一気に9.1にしたのだが、我が家の通信環境は12MBのADSLなので(これでブロードバンドと言える?)、途方もなく時間がかかった。
夜中に始めて、なかなか終わりそうにないので先に寝てしまった。

iOS 9.1は第一世代のiPad miniでも問題なく動作する。
動きが鈍くなったという感じはない。
キャリアを切ってWi-Fi専用機に成り下がったわけだが、これを実家の母に使わせようと画策中である。

キャリアといえば、旧機をオールリセットしたはずなのにS社のメールアカウント表示が消えずに残っていた。
解約すればキャリア側のサーバから離脱して、アカウントはなくなるものと思っていたのに。
これはこちらの誤解で、端末側にインストールしたプロファイルも削除しなければいけなかったのである。
というわけで、S社のアカウントはクリア。

そして、新機を買ったらすることは……液晶保護フィルムの貼付。
画面に指紋がついたり、傷が入る前に貼ってしまうことが肝要である。
旧機に貼ったフィルムは現在三枚目。
保護フィルムもへたるので、貼り替えが必要。

新機に導入したフィルムはノングレア(いわゆるマット調)で、エアーレス加工(気泡が消える)、指紋防止加工あり、というものだ。
こんなペラペラのものが千円以上もするが、百円ショップの商品ですませたくはない。
問答無用で購入。

グレアのフィルムを貼ってiPad miniを使っているときは、指で直接操作すると指紋がべたべたとついて不愉快だった。
それでスタイラスペンを使うようになり、頻繁にやっていた画面の拭き掃除をしなくてもよくなった。
ところがノングレアのフィルムを貼った方のiPad mini 2は、スタイラスへの反応が鈍いのである。
フィルムの表面が平滑でないからだろうか。
というわけで、指でタッチするスタイルに逆戻りしてしまったのだが、指紋防止加工のおかげでさほど汚れなくなった。
画面への映り込みが少ない分、眼にも優しいのであった。


 

2015/11/14

データ移行



一時的にiPad miniの二台体制となる。
古い方のデータをiCloudに上げ、新しい方に移す。
あっけないほど簡単だ。
ただし、マシン上に追加したアプリはインストールし直した。
iOSと一体になっている基本アプリは、その必要はない。
アドレス帳(iOSでは「連絡先」)の内容も、ブラウザ(Apple製のSafari)のブックマークも、コピーされる。
たとえば、キャリアNで契約したiPhoneをキャリアKに乗り換えたとしても、iCloudを使えば簡単にデータ移行できるということだろう。

簡単、といえばnanoSIMのインストールも、非常に簡単だった。
手間取ったのは、SIMスロットを開けることぐらい。
小さな穴にピンを入れて押すのだが、かなりの力を要する。
ピンが折れないか、穴から外れて筐体に傷をつけてしまわないか、も心配になる。
ただし、いったんSIMが入ってしまえば、後は簡単。
Wi-Fiでネットに接続して、DMM mobileのウェブからダウンロードしたプロファイルをインストールするだけだ。
この際、ユーザIDとパスを入力するのは言うまでもない。




2キャリアそろい踏み



















新旧iPad miniそろい踏み



















旧機からのデータ移行が無事終わったので、キャリアの解約をする。
これはショップに出向かなければできない。
しかし、手続きは簡単に終わった。
持って行った旧マシン上で、ショップの担当者がキャリアの設定データを確認し、それをもとに別のマシンから解約コマンドを打つ、という段取りのようだった。
解約の理由もたずねられない。
きかれたら、いろいろ言ってあげられることがあるのになあ。

(つづく)


 

2015/11/13

MVNOを検討


(承前)

MVNOは通信業者だが、キャリアではない。
なんのこっちゃ。
つまり、NやKやSというれっきとしたキャリアから、回線を借りて営業する業者のことである。
自前の設備を持たないので、その分ユーザにはサービスを安価で提供できるというメリットがある。
いわゆる「格安SIM」「格安スマホ」というやつである。

格安SIMのことをもっと早く勉強していれば、更新月にあっさりとS社との契約を解除して乗り換えられていたものを……
しかし。
残り17か月の契約期間を全うするよりも、解約金を支払ってでも新機+格安SIMに乗り換えた方が、結局は安くつくということが判った。

新機は、Apple Storeのウェブでスペックを検討したうえで、iPad mini 4ではなくiPad mini 2を買うことにした。
iPad mini 3でもなく2であるが、現在使用している機種より2ランク上のプロセッサに、最新のiOS 9が搭載されているのである。
記憶容量は最も少ない16GBで、Wi-Fi+Cellularを選択。
格安SIMを導入するのだから、ロックのかかっていない、SIMフリーのマシンである。

SIMは「業界最安値」を標榜するDMM mobileのものにした。
安いうえにプランが豊富で、ユーザの使用スタイルに合うものが選べる。
データ通信専用の、容量5GBプランを選択した。
月額1,210円である。
この部分だけ比較しても、現行のS社のプランより4,000円以上安いのである。
(ただし、現行のプランは通話もできて、容量は7GB)
前述した17か月のスパンにおいて、68,000円の差額となる。

DMM mobileのプランも7GBを選択するところだったが、S社のプランでの使用実績をチェックすると、最近は5GBぐらいしか使っていないことが判った。
以前に7GBを超過しそうになった月があったのだが、ちょうどYouTubeでJimmy DiRestaのメイキングビデオにはまっていた頃だった。




DMM mobileから届けられたnanoSIM




















端末もSIMもオンラインで注文を済ませる。
iPad mini 2はその翌々日に届いた。
SIMもそれに遅れて到着。
堂々とN社のマークが入ったカードに載って来た。

(つづく)

 

2015/11/12

2台目のiPad mini




iPad mini(左)とiPad mini 2



















iPad miniを買い替えた。
経済的余裕がないのに、何故買い替えるのか。
経済的余裕がないからである。
Sというキャリアと回線契約をして、毎月5,500円ぐらいの出費をしていた。
他人の通信費がどれぐらいかは知らないが、平均値を下回っていると思う。
それにしても高い、のである。
もう少し安くならないか。

N社のPHSをデータ通信プランで使用していた頃は、月額980円ぐらい。
いや、1,980円だっただろうか。
どちらにしても非常に安い。
データ通信プランとはいうものの、音声通話もできていたのだ。
そのPHSのBluetooth通信機能をONにしたままポケットに入れておき、Palmでメイルの送受信やウェブの巡回をしていた。
それが我がモバイルライフの最も幸せな時期だった。
今や昔。

最初のiPad miniを契約してから2年が経った頃、新機種のiPad mini 3がリリースされた。
S社からは、古い方を22,800円で下取りするから機種変更しまへんか、と言ってきた。
おいしそうな話だったけれど、迷っているうちに機会を逸した。

ところで、S社との契約には「更新月」という約定があって、2年毎に巡ってくる短期の日限(これを更新月と呼んでいる)に解約を申し出ない場合は自動的に契約が更新される。
他社も同様の「縛り」が設けられていることと思う。
更新月以外でも解約は可能だが、その場合には契約解除料を支払わなければならない。
これが9,500円。
他社からの乗り換えをさせたいがために、この「解約金」を負担してやるという業者も見かける。

そして要するに、機種変更の機会を逸したのと同時に、更新月も行き過ぎてしまったのである。

(この項つづく)


 

2015/11/05

里帰り


10月某日。
叔母(亡父の妹)の招きで、生まれ故郷の岡本に帰る。
私の生家(実際に生まれたのは甲南病院だけれど)はすでにないが、隣の地所に叔母が住んでいるのである。
ここで生まれたのは私と叔母の娘と息子、つまり従姉兄と合わせて三人だが、従姉はドイツに嫁ぎ、従兄は東京で就職したまま帰ってくるつもりはないと言う。
この土地に愛着を感じているのはおのれ一人というわけだ。

叔母宅を辞し、久しぶりに保久良神社まで上る。
登る、と入力した方が相応しい急坂を上る。
なまった身体には、相当にきつい。
以前この坂を上っていた時、後から来たMTBに追い越された。
あの芸当は、到底まねできない。
というより、この坂を自転車で上ろうなんて。
頭おかしいんとちゃう?




保久良神社の前から南南東、大阪湾を望む



















大昔、灯台の役をはたした「灘の一つ火」





































正式に則ってお参りをする。
帰りは梅林を通る道で山を下りることにした。
大まかに言って逆U字のコースを、曲折しながら下ることになる。
振り出しの阪急岡本駅に戻る。
昔は特急電車が停車せず、手前の西宮北口駅で各駅停車の普通電車に乗り換えていたものだ。
乗降客が増加したために、近年になって停まるようになった。


 


2015/10/29

百均のカードリーダ


愛機Nikon D60はWi-Fi機能を搭載していない。
撮影画像をPCなどで見る場合は、カメラ本体からSDカードを引き抜いて、PCに接続したカードリーダで読み込んでいた。
そこに目をつけたEye-Fiというメイカーが「mobi」という、SDカードにWi-Fiの機能を搭載した製品を売り出した。
数年前のことである。

Eye-Fiのmobiカードをカメラにセットすると、そこに収録された撮影画像は、無線で別の端末に受信させることができるようになる。
(カメラ側が送信するのではなく)
これは便利!という訳で、Eye-Fi mobiの容量4GBのカードを買った。
撮った画像をアプリを介してiPad miniで受けて閲覧したり(7.9インチの画面で観ると迫力がある)、ジャーナルに貼り付けるのに利用していたのである。

ところが、ジャーナルを大がかりに編集するのにiPad miniでは能力不足なので、PC(Mac mini)を使いたいと思うようになってきた。
Eye-Fiはデスクトップアプリと呼ばれる、PC用の受信ソフトも用意してくれているのだが、わがPCのシステムが古過ぎて、そのアプリに対応できないことが判った。

そんならしゃあない。
カメラからmobiカードを抜いて、PCに取り付けたカードリーダに読ませるだけのことである。
しかし。
カードリーダが、2GBまでしか読めない仕様だったのである。
最近だれも使わなくなったが、orz である。
ハードウェアとソフトウェアのこのような追っかけ合いに、ユーザはしばしば翻弄される。

カードリーダをアップグレイドすればいい。
という訳で100円ショップで買った。
PCに接続して、Eye-Fi mobiカードを挿入。
デスクトップにカードのアイコンが現れたので一安心。
直後に「取り出し」を実行した。
そして、その後カードは認識されなくなってしまったのである。

もっと信頼性の高い製品を買わなくては。
Yodobashi.comで有名ブランドのカードリーダを注文した。
価格は5倍超。
メール便で送ってもらった。
今のところ、なんの問題もなく使えている。




ダイソー(白色)と「i」の付いたバッファロー(黒色)の製品




















「百均のカードリーダ」またの名は「安もん買いの銭うしない」である。
たかが100円だけれど、だからええやんか、という気にはなれない。




冬支度



海外旅行時に使い残した外貨を円に両替えした。
米ドルが300ドル以上もあった。
その他、加・豪・新ドル、丁クローネなどと合わせて4万円。
新ドルというのはニュージーランドドル、丁はデンマークのこと。
 
外貨両替ショップで、硬貨は両替えしてくれない。
ユーロに移行して現在は流通していないフランは両替え不能なので、手元に残った。

懐をあったかくして、難波から心斎橋へ歩く。
以前ユニクロの旗艦店があった場所にジーユー(GU)が入っている。
看板だけ架け替えたのだろう。
入店。
メンズのフロアに上がって、セーターを買う。




実際の色はこれほど鮮やかにあらず



アランケーブル・タートルネックセーターという品名である。
色はネイヴィ、素材はアクリル87、毛13パーセント。
価格は1,990円(+消費税)である。

カーディガンタイプもあって心惹かれたが、衿の部分を大きくふくらませてフードの形に編んであったのを見て選択肢から外した。

セーターだけのつもりだったのに、パジャマも買ってしまった。
綿フランネルで、これも色は濃いネイヴィ。
もちろん上下のセットで2,490円也。
先の丸い衿を立てて着ると、マオカラーのように見える。




スッポンのように首が伸びています


 

2015/10/28

フットボール対ラグビー




以前はカンタベリがアパレルの供給者だった






正しくは「フットボール」対「ラグビーフットボール」だけど。

「ラグビー」が学校の名前だというのは有名な話。
ラグビーフットボールがフットボールから生まれたというのも有名な話だ。
だから、この二つは親子であるのに、似ていないにもホドがある!
足でボールを扱う(こともある)のと、フォワード、ハーフ、バックスというポジション名が似ているだけだ。
おっと、オフサイドルールもありましたか。

ボールの形が違う。

フィールドのデザインが違う。
ラグビーはタッチダウンゾーンであるインゴールが必要なので、フットボールのフィールドよりも少し縦長だ。

1チームの構成人員数が違う。
ラグビーが最前列左から右へポジション番号を振るのに対して、フットボールは最後尾のGKから始めた後は右から左へと番号を振る。
だから、フットボールの最前列左端(ここがレフトウィングと呼ばれる)が11番になる。
ラグビーにはGKはおらず、最後尾が15番のフルバックとなる。

ゴールの形態が違う。
ラグビーはインゴールにボールをタッチダウンすることで得点でき、これをトライと呼ぶ。
また、2本のポストの間に渡されたバーの上の空間にボールを蹴り込むことで得点でき、これをゴールと呼んでいる。
フットボールはポストとバーで囲まれた空間を、ボールで撃ち抜くことのみで得点する。

人間の出来が違う(笑)
ラガーマンは紳士で、フットボーラーは非紳士。
それは試合を観ていればよくわかる。
ラガーマンは審判に反則の笛を吹かれても、文句を言わずに引き下がる。
もちろん、キャプテンだけが審判にクレームをつけていいというルールを守っているからだ。

対するに、フットボーラーの態度はどうだ。
審判に対して文句たらたら、挙句の果てに食ってかかる。
(審判システムにも確かに多くの非がある。そもそもフットボールのレフェリングをするには人間の能力は不足だ)
ファウルを受けたふりをして転ける、大袈裟に痛がる。
ファウルを犯したのに、潔く認めようとしない。

ラガーマンは倒れても、すぐに立ち上がろうとする。
痛くても我慢して、次のプレイに加わろうとする。
(これをリロードと呼ぶらしい)
フットボーラーはなかなか立ち上がらず、ゲームを止めようとさえする。
必要以上に痛がって、審判の同情を引こうとする。

ラグビーは紳士がする野蛮な球技で、フットボールは野蛮な人間に紳士的振る舞いを強いる球技だ。
まったく似ていない!