2014/08/07

原爆を二発も食らって

(『憂国』を改題)

今から10年前まで日本は外国と戦争をしていた。
そう聞けば、ちょっとびっくりするだろう。
筆者の生まれ年は1955年なので、戦後わずか10年しか経っていなかったのだと、今さらながら思うのである。

8月6日と9日は、特別な日である。
それぞれ広島と長崎に原子爆弾が投下された。
小学校低学年生のとき、母親に連れられて広島の原爆資料館を見学した。
そのとき目にしたものよりも、もっとむごたらしいものをいろいろ見てきたが、広島で受けた衝撃の大きさを上回るものはない。
以来、原水爆の「アンチ」となった。
(原水爆は、その後一般的に核兵器と呼ばれるようになる)
原子力で動くものは、船であろうと発電所であろうと、今でも嫌いである。

原爆によって牙を抜かれた日本は、よほど怖かったのだろう、おとなしい愛玩犬となり、何十年経った今でもアメリカのご機嫌をうかがっている。
これがなんとも情けない。
(仕返しの)仕返しをせい、などと言うつもりは毛頭ない。
しかし、なぜもっと毅然とした態度をとることができないのか。

どなたかが『永続敗戦論』という本を著したそうだが(未読)、日本は戦争に負けた状態からいまだに抜け出せていないという考え方には、同調するものである。
日本の戦後は終わっておらず、精神的な復興・自立がまだできていないという思いが強い。



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